ローズバッド

リチャード・ジュエルのローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

本作の予告編、
「ちょっと仮に言ってみろ“30分後に爆発する”って」
「え??…」
もの凄く緊張感のある締め方。
誰でも、その後の展開が気になる巧みな構成。

『アメリカン・スナイパー』の予告編の、子供を撃つか撃たないか…で締めるのを踏襲しているのだろう。

というわけで、期待が高まり鑑賞。


本作は「善行」と「悪行」がハッキリと区別できる話である。
個人的な好みで言えば、『アメリカン・スナイパー』のような、「善行」と「悪行」が区別できない、混沌が描かれる作品が好きだ。
その点においては、本作の満足度はそれほど高くなかった。

しかし、本作は、1996年アトランタ爆破事件から、24年後の現代において、さらに社会的意義のある作品である事は確かだ。

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本作では、「国家権力」と「メディア」の暴力性・危険性が描かれる。
一方、ふたつの権力のおおもとである「大衆」の姿は描かれない。

そこは、観客ひとりひとりが、胸に手を当てて考えなければならない部分だ。

僕が、本作から真っ先に連想したのは「松本サリン事件」だ。
当時、第一通報者を真犯人として扱う報道を鵜呑みにして、幼稚な正義感から、「オッサン、早く自白しろよ!」と、本当に心の中で思っていた。
オウム真理教の犯行が明らかになった時、自分を愚かで、恥ずかしく、危険に感じた事を、よく覚えている。

SNS時代の今、ひとりひとりが発信源となり、フェイクニュースやネットリンチが繰り返されている。
ちょうど現在、好感度の高かった俳優の不倫に対し、赤の他人である大衆からの愚かな糾弾が起こっていて、本当に嫌な気分になる。

我々は皆、「英雄」や「好感」などのイメージの人が転落することに、無意識の期待や快感を持っている。
ミステリーの創作において、「最も意外な人物が、悪人であった」というのが、常套であることが証左だ。

本作においても、FBIが物証も無いのに「英雄」ジュエルを疑った事、メディアが「英雄が真犯人」と刺激的に煽った事、その根底には、他人の転落を享楽として消費する人間の卑しいサガがあるのだろう。

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リチャード・ジュエルは、なかなか他には無い主人公像。
低所得で親と同居、オタク気質で非モテのデブ。
ダブダブの腹やアゴのルックスが面白い。

仕事に細かく、備品係として気が利くが、ちょっとウザい。
大学の警備員として熱心だが、どうでもいい事までウザい。
イベント警備員として、マニュアルを遵守し慎重に遺失物を扱った結果、多くの人命を救うことになる。
それまで社会でウザがられていたジュエルの性格が功を奏し、一瞬で「英雄」に変わったのだ。

ジュエルは、「法執行官あこがれ」が異常に強い。
「正義感が強い」のだが、それが、反転したときには「自分勝手な正義によって、他者を傷つける」可能性が考えられる。
ジュエルの性格は、プロファイリング捜査にぴったり引っ掛かってしまう。

この点も、「他者から見たイメージ」が社会に伝播して起こる危険性を示している。

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近年観たイーストウッド監督の作品、

『アメリカン・スナイパー』
『ハドソン川の奇跡』
『15時17分、パリ行き』
『リチャード・ジュエル』

どれも、アメリカの「英雄」についての物語だ。

90歳を迎えるイーストウッド。
アメリカの理想や信念を、「英雄」像を通して、問い直しているのだろうか。

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その他、連想した作品

周防正行 監督 『それでもボクはやってない』
森達也 監督 『A』『A2』『FAKE』