このレビューはネタバレを含みます
この映画の存在自体、全く知らなかった。チラシ(からの情報)がなかったからだ。
知ったのは、なんと日経新聞金曜夕刊映画欄のトップ記事。
「躍動感にあふれて必死に走るが、それが絶望でしかないことが痛いほど伝わってくる」
今のどうしようもない現実で、それに全力を注いでも、全く無駄で絶望しかない。違法賭博「デー」の数字を適当に占い、その数字を元に金を住民からかき集め、胴元から程遠い貧しい受け口へ、汚いペットボトルの船に乗って渡しに行く。
この道中、日本みたいに危険そうなことが何もないなら、叙情的な旅にもなるだろう。しかし、その当たりもしない金を取って走る。殴る、蹴る、車に轢かれる、警察に捕まる、金が何度も自分の世界から消えては、それを自分の心臓を掴むが如く必死に握り、ロムは走る。
汚いどぶの中で、競争仲間と揉み合いになり、命懸けの殴り合いを繰り広げる。まるで、どぶでもがき合う汚いなまずが、わずかな空気と水を求めて眼を血走らせて蠢くのを見ているのと同じだ。
これが現実なのだ。
それをここまで抉って映し出した監督には、拍手を送りたい!
自分も、心の奥底には、こんな汚らしいどす黒い部分が渦巻いていて、そこから何とか逃れようとしている。
だから、「必死に走る。その先には絶望しかないのに」というメッセージと、アタシの心の奥底と深く交わるところがあって、観にきてほんとによかった!
この映画には、不思議とロムに助け船を出す女の人がいる。事情を知っているにも関わらす、腹が痛いと医者に診せスッと薬を飲ませ、食べ物を与える。日本(東京)では、まずありえない人情的な場面だ。これがスッと出てくるサイゴンは、まだまだ成長が楽しみな余地があると、アタシには感じた。
そして、最後の死闘の前。斜めに傾いた夜の壁側の黄色いライトが疲れ果てて座り込むロムを幻惑的に映すシーン。商売敵で、相手を殺すことも厭わないロン毛が、ロムの隣に座り込む。
勧善懲悪や、白黒つけたい人間からすると、どう見てもおかしいのだが、「同じ穴のムジナで、助け合って行かなきゃならないんだ」という、これもまた東京には全く消え失せた連帯感のような温もりが、スッと感じる映像だった。