ラウぺ

この世界に残されてのラウぺのレビュー・感想・評価

この世界に残されて(2019年製作の映画)
4.2
1948年頃のハンガリー。婦人科の医師アルドのところに叔母に連れられて16歳のクララがやってくる。強気な発言で素直に言うことを聞かないクララだったが、ともにホロコーストで家族を亡くした孤独に耐えていることに共鳴し、アルドに懐くようになる。クララはアルドの家に身を寄せて肩を寄せ合うように生活を始めるが・・・

物語をギリギリに刈り込んで、控えめな表現とパステルのような淡い色調でアルドとクララの微妙で危うい関係を描いていきます。
短い場面を重ね、コマ飛びのような表現を重ねていくのですが、必要なものはちゃんと描きつつ、時間の経過や二人の距離感が微妙に近づいていく様子を描写していきます。
これはともすると物語がぶつ切りのように見えるリスクもあるのですが、途中のコマを省くことで僅かな変化に気付きやすい配慮でもあるのだと思いました。

42歳と16歳、単なる親子というには微妙な年齢差であり、次第に懐いていくクララに保護者としての感覚と、それ以上のものが芽生え始めるアルドの内心の動きが垣間見える描写が重なるにつれ、静かな緊張状態が徐々に積み重なっていきます。
二人だけの秘密の距離感を垣間見ることのなんともこそばゆい感覚は、まったくのパーソナルな内面世界であり、スクリーンを見つめるこちらがなんとも居心地の悪い思いをしてくるのでした。

そうした密やかな緊張状態と並行して描かれるのが、社会主義の浸透により抑圧体制へと向かう社会の不安。
医院の同僚や住民が突然連行されていく恐怖と、相互に監視し密告が推奨される社会への傾斜・・・
ホロコーストから逃れた二人に再び忍び寄る抑圧体制への危機が二人の関係に微妙な影響を及ぼしていきます。
アルドとクララが一つの選択をしたことで物語は一応終盤を迎えるのですが、アルドの顔にふと訪れる表情の変化が、その選択に至る葛藤の重さを観る者は実感するのでした。

また、物語の終わりに1953年という年の、あるシンボリックな出来事が描かれ、そのことでその後のハンガリーが再び動乱に巻き込まれ、登場人物たちが迎えるであろう過酷な現実を観客は想像しなければならないのです。
ホロコーストとハンガリー動乱の狭間の時期を取り出して、二人の心の機微を描きだし、その前後にある巨大な悲劇の存在を想像するとき、この世に”残された者”だけが背負わなければならない運命の過酷さを思うと、なんとも言えないずっしりとした余韻が残るのでした。
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