黒田隆憲

すばらしき世界の黒田隆憲のネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

待ちに待った西川美和監督の最新作は、佐木隆三『身分帳』を原案に実在の男をモデルにした(ある意味では)ファンタジー作品。
とにかく構成が秀逸。オープニングのわずか数分で、役所広司演じる主人公・三上正夫がどんな人物で、何をして刑務所に20年も入っていて、周囲の人たちにどう評価されていたかを観客に伝える手腕、見事という他ない。「今度こそカタギぞ」と呟く三上だが、アパートの下の階の住民とトラブルを起こすわ、街で出くわしたチンピラ2人を半殺しにするわ、いつブチ切れてもおかしくない性格なのを前半で観客に見せておくから、介護施設で働く後半ではいつまた騒動を起こすか心配でハラハラしっぱなし。出所したての三上が出会う人物たちも、最初こそ物珍しさもあって親切にしているけど、人間関係が深まるにつれて素っ気ない時もあったり、自分のことに精一杯で冷たい時もあったりする。そんな起伏を描くからこそ、後半の「心のふれあい」が生きてくるのだ。
「刑務所では揉め事があっても仲裁に入ってくれる人はいるけど、シャバでは気づいたら自分の席がなくなっているからね」と、身元引き受け人を務める庄司勉(橋爪功)が三上に釘を刺すその台詞ずっしりと響くのだけど、三上の周りに集まってくる人たちはみな辛抱強く、「血の通った関係」を築き上げてくれる本当に良い人たちばかりで、「なんか……シャバでずっと暮らしている自分よりも今の三上の方がよっぽど幸せなのでは?」なんて思ってしまった(映画が進むにつれて、そんな簡単な話ではないことを突きつけられるのだけど)。いやほんと、こんな自分と繋がってくれている人たちのこと、もっと大切にしなきゃと心から思い知らされました。ありがとう西川美和監督。
他の登場人物たちの台詞も一々身に染みたなあ。TVプロデューサー吉澤遥(長澤まさみ)が、小説家を目指すディレクター津乃田龍太郎(仲野太賀)に言い放つ言葉は、ジャーナリストの端くれである自分には他人事と思えなかったし、「とにかく世間との繋がりを持つこと。孤立が一番よくありません」と三上に諭す庄司敦子(梶芽衣子)の台詞も重たかった。そして役者たちの「女優・男優としてのオーラの殺し方」もすごい。その辺にいそうな人物にちゃんとなっているのは西川監督の演出なのかな。あっぱれです。風俗嬢や、コスモスの花を三上に渡す介護施設スタッフとの(傷を背負っている人どうしだからこそ通じ会える)やり取りも良かったですね。
そんな中、愛すべきキャラクター三上を演じる役所広司は溌剌としてたなあ。ぼろアパートで1人、普通免許取得の勉強をしているシーンとか、電気のプルスイッチを相手にシャドーボクシングするシーンとか最高だった。ユーモアとシリアスさの匙加減も絶妙。林正樹さんの音楽も素晴らしかった〜!あ、ラストシーンは『気狂いピエロ』のオマージュですよね?
「こんなに良い人たち、本当にいるかよ!」とか、「下稲葉マス子(キムラ緑子)、あんなところで都合よく三上を待ってるかよ!」とか、気になるところも幾つかあったのだけど、冒頭で述べたようにこれは「原作を脚色したファンタジー」なのだからオールオッケーです! 後半、三上が少年期を過ごした施設を再訪するあたりからもう泣けて泣けて、嗚咽を抑えるのが大変でした。三上のような人間が生きづらいこの世界は「すばらしき世界」なのだろうか。敦子の言う、「この世界で生きるには要らないものを見極め切り捨てていくことが大事」ってその通りなんだけど、そんな世界でいいのか?と思わずにいられない。けど、きっと三上は最後「すばらしき世界」と思いながら死んでいったんだろうな。
今年の暫定1位です。
黒田隆憲

黒田隆憲