をん

すばらしき世界のをんのネタバレレビュー・内容・結末

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

とても良い映画を観た。
心に残る映画を観たときほど、自分の言葉で書き表すとチープになる気がして、下手に言語化したくないと思う。この作品にも同様の思いを抱いた。ただ、観られたことを大切にしておきたいと思う作品で、ここに少し気持ちを書き留めておこうと思った。

不器用な生き方しかできない三上。
怒れたら怒る、おかしいと思ったら声を上げる、感情が整理できなくなったらその思いのまま暴れて声を張り上げる。
しかしそれでも、常に彼なりに自問自答し葛藤する様が見て取れた。
ただ少し、一般の人よりも感情整理の方法や心の置き所が分からないのである。
未成年のときから10年以上も収容されているのだから当然といえば当然の結果なのかもしれない。ガタイがよく、声も力も大人の男性として迫力とパワーがある。しかし、心や脳はどうだろうか。
然るべき時に与えられるはずだった愛や教育や環境。それが無かった三上の現実。そんなことが影響してか、時が当時(刑務所に入る10代の三上)のまま止まっているのではないかと思うくらい、時々とても幼く見えるときがあった。
母を探し母を語る三上、それがまさにそうである。

裁判の判決時、収容期間、娑婆に出てからの生活と、すぐにキレて暴れて自我を失ってしまう三上。自分に不利な結果を招いてしまう、損をする生き方である。
ただそれにも理由と彼なりの正義がある。勿論暴力は肯定できないが、だからといってその精神までは否定できない。
彼なりの正義と許せない境界線、捨て置けない環境、理性で押さえきれない感情があって、さらに「認めてもらいたい」「愛されたい」と強く積み重ねてきた思いがある。いろんな要素が複雑に絡みあって今の三上を作り上げた。

三上と違い、暴力で解決しない代わりに見ぬふりや我慢、自衛に走る世の人々。始めはその気持ちが三上には理解ができなかった。白黒つけて誰が合っていて誰が間違っているとは言いきれない。お互いの正義が分かち合えるときもあれば、相容れないときもあり、うまく支え合うときもあり、邪魔しあうときもある。
そこが難しく、汚く、美しく、すばらしい世界なのではないかと感じた。
この作品の描く「すばらしき世界」は皮肉にも感じながら暖かさも感じた。
そしてそんなすばらしい世界には、現実世界の私たちも同様に生きているのだと思った。

ソープ嬢リリーさんに母の面影を重ねる三上。
母との再会を期待したものの叶わず、名前も存在も記憶していなかった施設のお手伝いさんと再会。
耳に馴染んでいた歌を知らない(思い出せない)お手伝いさんと共に歌い、あどけない子供たちとサッカーを楽しみひとしきり笑ったあと膝から崩れおちた三上。
障害を持った同僚に、同情からではなく愛情をもってフラットに接する三上。
かつての妻の新しい娘に向ける笑顔。
彼の真っ直ぐな人柄に触れる度、わたしも彼の更正と幸せを願わずにはいられなかった。どうか何も起こさず幸せであってほしいと思った。
一方で、だんだんと柔らかくなり(演技や我慢を覚え)、世間に合わせていく三上の表情と言葉になぜか寂しく苦しい気持ちになった。本当は喜ぶべきところだと思う。しかし見ていて苦しくなったのだ。三上が自分で自分を押し殺していくような気がしたからだ。「逃げることはダメなことではない」劇中の言葉がわたしにも励ましをくれた。
世間一般の正しさに自分のものさしを近づけることはとても大切なことである。しかし同時に苦しいことでもあるのだと思った。三上にとってはより、苦しいことだったと思う。

世間からは間違っているとされる反社の世界。しかしお世話になった兄貴分の姿とその妻からの言葉は三上の心に一番響いていたと思う。兄貴分と電話をする三上の声色は全編通して見ても、落ち着き安堵しているようだった。 またその時のスクリーン上の映像と音楽も穏やかなものだった。現実世界では決して穏やかではない物騒な世界だが、彼の愛情や愛着はそんな世界で育まれてきたのだと再確認した。

ラスト、彼の周りには彼を思う5人の人が居た。同情ではなく、彼に魅入られて自ら選んで彼の傍に来た人々だ。
愛に枯渇した生育環境だったと思われる三上だが、最後は5人の人々に愛されていたと確信できた。その様子を見届けることができた視聴者のわたしは「すばらしき世界 」を見ることが出来た。
苦しくも、愛のある作品だった。
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