吉井

ミッドナイト・ファミリーの吉井のレビュー・感想・評価

ミッドナイト・ファミリー(2019年製作の映画)
4.0
人口900万人のメキシコの首都・メキシコシティには公共の救急車が45台もないそうで、その穴埋めを民間の救急車が行っているらしい。
この映画は救急搬送業を営むオチョア一家にルーク・ローレンツェン監督が3年間に渡り密着し撮影したノンフィクションのドキュメンタリー作品だ。

オチョア一家の救急車は救命設備を十分備えていないので行政からの認可を受けていない言わば闇救急車。
警察に賄賂を渡して不正に救急車を必要とする人の情報を得て、患者を契約関係にある私立病院に運ぶことで報酬を得ている。
搬送された患者とその家族は高額な医療費を払わざるを得なくなる。

酷い話だと思う人が多いと思う。
我々日本人の感覚だと救急車は無料で迅速に必ず来てくれるものだから。

でもメキシコではそうではない。
麻薬カルテルの本拠地がコロンビアからメキシコに移った関係で、2000年代から急速に犯罪発生率が増加、政治は腐敗を極め、汚職が蔓延り、現在は社会秩序そのものが完全に機能不全を起こしている。
麻薬カルテルの残虐性については、ニュース報道や、映画好きの人なら数々の映像作品で見聞きして知っている人が多いと思う。

2018年の大統領選を含む総選挙の期間中ではなんと130人以上の候補者・党員が殺害され、殺人に関与した警察官が多数逮捕されるという異常事態になった。

メキシコでは麻薬カルテルと政治家や地方政府の間で賄賂のやり取りや脅迫行為が公然と行われている。
一昔前までは麻薬カルテルが捜査当局の手から逃れる為に政治家に賄賂を支払っていたが、今はその力関係が180度逆転し、カルテルに賄賂を贈らなければ政治的な権力を手にすることが出来ないそうだ。

汚職に立ち向かうと公言する志の高い政治家は次々と殺害される、社会秩序を守る組織であるはずの警察もマフィアの手下状態になっている、今のメキシコはそういう国なのだ。

そんな中で特権を持たない善なる人々が生き残ろうとする場合、その生き方は道徳的にとても複雑にならざるを得ない。
社会が人々を本来望むような生き方とは違う方法を選択せざるを得ない場所に、押して、押して、押し込めてしまう。
そこでは日々の糧を得るだけで精一杯で、自分達の決定が倫理的に正しいものか葛藤する時間すら与えられない。

ローレンツォン監督は言う。

>「患者、救急車、病院、警察官、政府が絡み合う弱肉強食の連鎖の中で、身動きの取れないオチョア家族の姿を見つけ出すまでに長い時間がかかりました。」

>「こんな腐敗の連鎖のなかで、満足した生活を送れている人なんてほとんどいません。」

>「オチョア家族に正義を押し付ける考え方もここでは当てはまりません。問題はもっと複雑で、多くの点で非常に逼迫した状況にあります。」

>「彼らの仕事は、善悪の間に引かれた細い境界線上にあります。」

オチョア一家も、賄賂を要求する警察官達も、斡旋料を闇救急車に支払う民間病院の医療者達も、等しく腐敗した政治の被害者達だ。
そしてその結果として死が累々と積み重なっている。

平和な日本にあってもコロナ禍で医療崩壊真っ只中の今観ると色々感じるものがある映画だった。
改めて日本の医療システムの素晴らしさと医療従事者の方々に圧倒的感謝。
吉井

吉井

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