幽斎

アンテベラムの幽斎のレビュー・感想・評価

アンテベラム(2020年製作の映画)
3.0
私はミステリ愛好家で、読書メーターから移籍。推理小説から派生した映画ではAlfred Hitchcock監督を師事、スリラー映画を主にレビューしてます。その私から見れば本作のFilmarksのスコアの高さには、軽い驚きを禁じ得ない。アップリンク京都で鑑賞。

QC Entertainmentが製作したジャケットは一瞥すればアカデミー作品賞「羊たちの沈黙」コピー、もう1つの傑作スリラー「バタフライ・エフェクト」オマージュ。蝶はドイツ語Metamorphose「変身」の象徴。アメリカ南部では、蛹から姿を変える蝶は「他の場所へ行ける自由な存在」。本作のメタファーは此処に収斂される。

本作の仕掛人はSean McKittrick。難解な筋立てでスリラー・ファンを熱狂させた「ドニー・ダーコ」続く「サウスランド・テイルズ」カンヌ映画祭でパルムドールを争う。満を持してCameron Diazが自身の正反対のキャラクターを演じたいと挑んだ「運命のボタン」歴史的惨敗で一度ハリウッドを退場。しかし、イギリスに渡り「高慢と偏見とゾンビ」ヒットさせ復権。起死回生で挑んだレビュー済「ゲット・アウト」アカデミー作品賞候補。続く「アス」今やモダン・スリラーを牽引するモチベーター。

本来は「ゲット・アウト」「アス」Jordan Peele監督が撮る予定だが、2022年最大の問題作「Nope」製作が手古摺り、レビュー済「キャンディマン」も無名の新人に任せる忙殺振りで、警察暴力に関する公共広告が高く評価されたGerard Bush(黒人)とChristopher Renz(白人)の監督ユニットに白羽の矢を立てる。長編映画デビュー作だが、脚本も監督ユニットのオリジナルだが、モダン・スリラーでは人種問題を盛り込まないと無責任、的なムードに支配されるので黒人問題を天下一品のラーメンの様に濃厚に絡めないとイケない呪縛から逃れられない。

監督のインタビューで「ほう」と思ったのは、名作と誤解される「風と共に去りぬ」と同じカメラのレンズを使って撮影した事で、プランテーションと奴隷の因果関係に対する誤解を解きたかった、そうです。志の高さから見える通り「とても良く出来た映画」と言える。問題は日本人が気付かない露骨なミスリード。アメリカのオーディエンスは存外に低い。その理由を私なりに考察したい。

新聞やテレビに今ではYahoo!ニュースでも同じ事が言えるが、メディアは如何様にも印象操作が可能。映画の場合は今ではリビングで寝転んでスマホを弄りながら観る方も多いだろうが、劇場で観る場合は映画に「没入感」を求めて人は訪れる。それは「トップガン マーヴェリック」の様な作品だけに限らない。この点を良く考えて欲しいが、テレビと映画の一番の違いは、観客は自分の思想を一旦劇場の外へ置いて、リセットして作品を見る。つまり、映画の内容を一旦は自分のモノとして受け入れる。それは作品と観客が既に対等で無い事を意味する。だから没入感と言う。

トップガンマーヴェリックの様に「ああ面白かった」で終わる作品も有れば、スリラー映画の様に観客が自分なりに考察したり、原作小説を読んで理解を深めたり、ネットで他人の感想を見て納得したり(笑)、様々なサジェスチョンが考えられる。でも大抵の方は見て終わりで其処で描かれた事が映画と言うフィクションだと頭では分っても、仮に真実と反する事柄とか、意図的な差別意識を植え付ける表現でも、映画を観る=先入観と言うハードルを自分で下げてるので、深層心理でテーマを受け入れる事が多い。

やっと本題に入れるが、ソウ思うと本作の主張は私には受け入れられない。新人監督とは思えない映画の骨格は示しており、箱の外側は寧ろ素晴らしいと思う。しかし、箱の中身についてはSean McKittrickやJordan Peeleに気に入られようと思ったのか、社会の厳しい偏見に対する「配慮」が決定的に欠けてる、だからアメリカで評価が低い。黒人差別を強く打ち出せば褒めて貰える時代では無い。カウンターとして白人だって何時までも黙ってる訳では無い事に、もっと敏感に為るべき。

Radical feminism、ラディカル・フェミニズムと言う言葉をご存じだろうか?。家父長制、男は絶対で女性への従属関係を指す。女性への抑圧の根源に為るフェミニズムの潮流。黒人男性は強くてジェントルマン。黒人女性は賢く社会的に成功してる。白人男性は肉体的にも経済的にも劣る。白人女性は黒人を差別する。今のアメリカでは映画もドラマも、この様に描く様にと猛烈な同調圧力に見舞われてる。エンタメだと割り切って見れば面白いかもしれないが、自分達をゴミ以下だと言われて貴方は笑えるだろうか?。

秀逸なスリラーにはHitchcock監督に代表される「アイロニー」は欠かせない。「ゲット・アウト」「アス」白人にも受け入れられたのは、表面的な立ち居振る舞いで本質を隠す点が見事だから。Peele監督はシリアスとユーモアの緩急が絶妙で、本作の様な強い口調で人々の気持ちを煽る、アジテーションに流されない。アメリカも少子化で黙ってても南部の白人は何れ自然消滅するとまで言われてる事を、日本人も頭の片隅に留めて欲しい。

スリラー的には小賢しく、ファッション、ヘアスタイル、時代考証とか田中みな実も真っ青の「あざとさ」オンパレードで、イースターエッグの仕込みもクド過ぎる。本格スリラーなのにネタバレを気にせず書けるのも、普通に見れば辻褄は丸で合って無いので、考察の必要も無い。秀逸なスリラーとは台詞回しだけでなく「絵面」も静かなモノ。本作の絵面はお喋りが過ぎて滑稽ですら有る。もし、本作のオチを見て「見事などんでん返しだ」と思った方は今直ぐに顔を洗った方が良い。其れ位アメリカでは忌み嫌われてる。

William FaulknerはHemingwayと並び称される20世紀アメリカ文学の巨匠だが、彼の有名な言葉「The past is not dead. It's not even past」から物語は始まるが、これは現在が過去と同じで有ると言う事でなく、現在が過去に依って知らされ、形作られてる事を意味する。監督は文字通り意味を理解してない、だからアメリカに住む「黒人」を本気で怒らせた。貴方の目には、どう映っただろうか?。

「敵に偏見を持つ者は味方にも偏見を持つ」私には差別を再生産しただけに見えた。
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