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セイント・モード/狂信のyokoのレビュー・感想・評価

セイント・モード/狂信(2019年製作の映画)
4.5
聖闘士モード!(フィールド展開)的な意味と勘違いしていたがmode でなくmaudであったw

これ系の評価で「糖質だから妄想、狂信者だから妄想、宗教って怖いよね〜」って感想ははあまり好きじゃなくて本当に世界の調べを聞いているのは彼女だけという可能性をついつい考えてしまう。原題に狂信って入ってないのに狂信と邦題についているのはかなりミスリード。ヘレデタリーというより「狂信者じゃなくてホントにセイントやで!」とするならネトフリドラマ、ミッドナイトマスやアップルTVのサーヴァントの印象のほうが近い。

医者ならともかく看護師が患者を死なせてしまったと悩む必要ある?そもそもが背負いすぎじゃない?そこが不思議、周りの医者は誰もいないの?

なぜアマンダは元ダンサーの設定なのか?肉体のステージにいるものと魂の救済をするものとの対比だろう。極めた肉体が朽ちてゆくなら魂の救済しかない。ダンスはコンテンポラリーティックでサスペリアっぽくもある。アマンダのベットの壁紙がすごい悪魔的な何かに見える。2本ツノのヤギの顔。このご時世めちゃタバコを吸っているのはそのシーン自体意味のあることだ。お前は勝新か!つうくらいタバコを薬を飲みながらのシーンでも吸うw無宗教の現れかもしれないし、快楽志向でもあるし、煙が儀式的な演出かもしれない。てかだいたいの登場人物が吸ってる。モードもライターを持っていたが吸ってはなかったので一年前は吸っていたのかもしれない。そのライターで・・・。

何度か通り過ぎるゲーセンは印象的だ。が中には入らない。わりかしシックな絵作りの中でこれ見よがしにキラキラしてるのですごい目立つ。のに関わらないということは、この世界のお楽しみを断っているということだ。

彼女のお楽しみチャレンジは神の存在を疑ってのことだろうか?彼女はちょくちょく探りを入れる時芝居を打つのだが根本的に表情が固く下手だ。あとランティモス系の形だけやってみました感。この世の中ゲームに参加するとどうなるか、孤独のなか試したかったのか。

美人が燃えたからいうわけではないがジャンヌっぽくあるし、アーメンや十字などカトリック的であるがしかし舞台はイギリスであるし、監督もイギリス人でイギリスの映画。アマンドはおそらく理神論wiki(神の存在を啓示によらず合理的に説明しようとする立場。この宇宙の創造主としての神の実在を認めるが、聖書などに伝えられるような人格的存在だとは認めない)のイギリス代表としてウィリアムブレイクを差し出す。ウィリアムは奴隷制度とかも意を唱えたらしい。人との関係において絶対的なものはない。アマンドのある種の寛容さも表してると思う。マイノリティとしてレズ黒人は象徴的だが、そもそも偏屈なモードを受け入れている時点で面白い人物である。

イギリスプロテスタント側から見た他者(フランスカトリック)を描いたのかな。モードが啓示を受ける正体が神なのか悪魔なのか?が問題ではなく価値観の違う他者をどう見るか?ウィリアムブレイクを持ち出すならそうであろう。そういう意味ではコクソン的でもある。アマンダのウヒョ顔なんか國村に似てない?絶対的な神がいないという寛容さが仇となった最期であった。

主演の人はシンプルな作りの感じだが、ケイトブランシェットの高貴さや、アニャテイラージョイの煌めき、ビョーク的なヤバさにも見えとても作品にあっている。人は見たいように他人を見るのものだ。
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