フランス語とアラビア語のコードスイッチの基準が今ひとつよくわからめ
結果論で偉そうに言うのは卑怯ではあるが、ここまで女性に対して分が悪い状況の中で「たたかう」の選択肢一本で突っ切るのは難しいよね、上手く「にげる」を交えながら妥協点を探るのが良いだろうってのがお利口さんっぽい意見ではあるが、それをしてしまうと映画にするようなドラマが生まれないわけで
「無知な人が信仰を振りかざして暴力を振るっている」というセリフがまさにで、この信仰って別に宗教って粒度にとどまらず、「女は黙って家で家事ってろ」ってのも信仰だし、「プライベートを犠牲にしてサビ残してカスみたいなポンコツ上司の酒盛りにつきあわされてクソみたいな武勇伝という名の性欲遍歴を聞かされるのに「スゴいっすね!」って言わないやつは社会人として終わっている」っていうのも信仰だし、要はあまり個々の能力を必要とせず誰でも時間さえ割けばできるくらいの作業をすることで集団に対する貢献をわかりやすく示すことができ、なおかつそれによって集団に属していることによる物理的・心理的メリットを得ることができるものが信仰ということか
ハイクの気付け講座は学びであった