幽斎

スパイラル:ソウ オールリセットの幽斎のレビュー・感想・評価

3.0
恒例のシリーズ時系列
2004年 5.0 SAW ソリッドシチュエーションの最高傑作、生涯1位作品、レビュー済
2005年 4.0 SAW II 続編としてもスリラーの佳作レベルをクリア
2006年 3.4 SAW III スリラーがグロテスクに変質、此処から長い迷走に突入
2007年 3.2 SAW IV 人体解剖と殺戮のスプラッター、オリジナルの面影ゼロ
2008年 3.0 SAW V 地に堕ちたシリーズ、惰性なら潔く止めるべき
2009年 3.4 SAW VI グロからスリラーに転換、息を吹き替えして最終章へ
2010年 3.6 SAW 3D フィナーレは納得の後継者、最後まで観た自分を褒めたい
2017年 3.8 JIGSAW 原点回帰スリラー、単体としてクオリティは悪くない、レビュー済
2021年 3.0 SPIRAL: From The Book of Saw 物議を醸す新章、本作

これがSAWの続編かと言われれば、私はソウは思わない(笑)。TOHOシネマズ二条で鑑賞。

スリラー映画に新たな地平線を開いた「SAW」。「シックス・センス」「セブン」「ユージュアル・サスペクツ」何れも高い支持を集めるが、私は其れ程とは思わない。ミステリーで定番の叙述トリックのカモフラージュに過ぎず、スリラー慣れしてない方は衝撃だろうが、ミステリー愛好家からの支持は低い。だがSAWは違う。伏線の緻密さ、隙の無いシナリオ、ミニマムな演出、究極の選択の無常観、そして驚愕の結末。何れも模倣を感じない、フルスペックのスリラー。酷評した続編だが、アレを毎年続けたクオリティは素直に評価したい。2010年にシリーズの幕は下りた、問題はその後だ。

「ジグソウ:ソウ・レガシー」7年振りの新生SAW。グロテスク・ホラーから原点回帰のミステリー要素の強いスリラーとして帰って来た。James WanとLeigh Whannellの2人からすれば、SAWはⅠで完結しており、続編は版権を持つツイステッド・ピクチャーズに委ねてる。会社の創設者Gregg Hoffmanが、只一人SAWの脚本に興味を示し、オーストラリアの無名の新人に協力してⅠが生まれたが、シリーズの成功を見る前に急死。恩義に報いるべく2人は以降も製作総指揮に名を連ねるが、彼らの中ではGregg Hoffmanの死と共に終わった作品。

Spierig兄弟監督「プリデスティネーション」を見た現在のシリーズ・プロデューサーMark Burgが、彼らならSAWの新章を創れると、ライオンズゲート主導で製作。真の後継者Cary Elwesが予定されたが、結果的に死亡したTobin Bellが再登板するウルトラ脚本を採用。私は単体のスリラーとして評価するが、興業的には惨敗でMark Burgが「更なる続編や外伝、ビギニングも製作しない」と公言。SAWは完全に不可逆的に終わった、筈だった。

しかし、寝た子を起こす人物が現れる。Chris Rock、エミー賞3回、グラミー賞3回受賞、説明する必要のないスター俳優。彼の潮目が変わったのは2016年アカデミー賞授賞式での差別発言。以降はメジャースタジオが敬遠、ネトフリに都落ち。コメディに生きる人が加齢と共に迷走するのは、ハリウッドの構造的問題で、ダチョウ倶楽部の様に活躍するのは、至難の業。彼も56歳、イメージの脱却に選んだのがSAW。彼はライオンズゲート副会長Joe Drakeに直談判「俺が資金も出す、製作の責任も取るから作らせて欲しい」パーティの席で懇願。こうして彼主導で始動した。

プロジェクトは序盤で破綻する。Spierig兄弟監督の再登板が予定されたが、シリーズの「血」に拘るChris Rockが、シリーズ・ディレクター的存在Darren Lynn Bousman監督を指名、確かにⅡ Ⅲ Ⅳを務めたが、スリラーからグロに転換しただけ、ネタ切れでⅣの美術監督David HacklにⅤを丸投げ、そのHacklも編集のKevin GreutertにⅥ.3Dを丸投げする悲惨な末路。本作のゲームは死の選択がほゞ無い殺戮描写を垂れ流すだけ。SAWは謎マシンの整合性は深堀りしないお約束だが、監督の人選が間違いの始まり。

脚本はどうか?。ミステリー色の強いレガシーの脚本家Josh StolbergとPete Goldfinger続投と聞いて安堵したが、此処でもChris Rockが介入する。恐らく彼は同じコメディ出身の大先輩Eddie Murphyの出世作「48時間」を念頭に、警察の汚職と言う時代性を加味したスリラーを作りたい。だが、あの作品はNick Nolte有りきだと言う事を忘れてる。黒人を警察官が射殺する事件が相次いだ事に憤りを感じるのは当然。だからと言って汚職、証拠隠滅、偽証、証人射殺、悪事の総合商社で自分は清廉潔白?。もう笑うしかない。


【ネタバレ】シリーズを愛するが故の考察。鑑賞後にご覧下さい【閲覧注意!】

レガシーを観た時、ジグソウの弟子に拘る理由も無くなったので、模倣犯でも良くネ?と思ったが、いざ目の当たりにすると、ヤッパリ感は尽きない。SAWで会社が成り立つツイステッド・ピクチャーズが、Tobin Bellを出涸らしのコーヒーの様に絞った続編6作品に、ファンは正直「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ」気分。もし本作が生き残った人物の後出しジャンケンなら、配給元アスミック・エースに怒鳴り込もうかと思ったが、それは無し。そうなるとジグソウもSAWも関係無くネ?と矛盾が募るジレンマ。

真犯人に全く意外性が無いのはスリラー的に致命傷。スリラーの初歩「相棒を疑え」を地で行くシナリオしか書けなかった理由は、演出にも介入したChris Rockにある。全編で「俺、あの有名なSAWに出てるよ!」感が強く、撮影自体が彼への接待にすら見える。レガシーは時間軸を誤認させ、死んだ筈のジグソウが生きてる錯覚を印象付け、ミスリードを誘発するアイテムの出現など、ミステリー要素はしっかり有った。

相棒が死んでるのに家族に連絡しない(台詞のみ)、司法解剖して死因を確認しない、子供や妻の登場シーンも無い、この時だけテープを再生しないとか、劇場でマスク越しに失笑すら漏れる始末。SAWの醍醐味とは、スリラー特有の緩急自在のツイストに有る。だが、スパイラルと言う割には、全く捻りの無いプロットの連打。「科捜研の女」(劇場版の京都ロケに遭遇!クライマックスは東福寺)遥かに緻密で、殉死の偽装には説明すらない。観客を騙すつもりなど、サラサラ感じなかった。

決定的なのはノコギリのシーン。予告編で散々見せられたアレは何だったのか?全世界のSAWファンを敵に回した瞬間だった事にChris Rockは気付いてない。手錠で繋がれた意味もイミフで、USJに「ソウの館」アトラクションなら、京都から馳せ参じたいレベルの名シーンなのに、ファンを愚弄するにも程がある。死んだ相棒の登場も、何のタメも無く豚の仮面も被らず、テープやシルエット演出も無く、堂々のご登場に溜息も出ない。自分だけでは絵が持たないと、拝み倒してSamuel L. Jacksonと共演出来たのに、それを活かす術が彼には無かった。当のSamuel は「俺は殺される役か?だったら出てもいいよ」と快諾したのに、ラストはSWATの誤爆で済ます尻切れトンボ。自分と相棒は生き延びてゲームオーバー!。そりゃあ、アメリカで酷評される訳よ。

頭を冷やして普段の考察に戻ろう(笑)

貧乏くじのMax Minghella、35歳イギリス人。数多くの作品に出演し監督デビューも果たした才人。だが父親が偉大過ぎる。Anthony Minghella、イギリスを代表する文化人。代表作「イングリッシュ・ペイシェント 」「リプリー」「コールド マウンテン」現在放送中「モース警部」生みの親。母親が香港系なので、何となく親近感が湧く。彼の演技は申し分ない、全てはChris Rockの一人相撲に付き合わされただけ。

ネタバレを阻止する為にワーキングタイトル「The Organ Donor」臓器提供者、カナダで撮影開始。シリーズ・プロデューサーMark Burgは「SPIRAL」にタイトルを決めていた。SAWの世界観を緩やかに共有、新しい主人公の新しい物語を意味する。しかし、SAWが大好き過ぎるChris Rockは、副会長Joe Drakeに、タイトルにSAWを入れる様に懇願(2回目)。結果的に折衷案で「SPIRAL: From The Book of Saw」に決まる。脚本を見たTobin Bellは、自分の名前をクレジットに載せる事すら拒否した。

SAWが袋小路に陥るのは前例が有る。私も大好きな「ファイナル・デスティネーション」シリーズが、なぜ作られなく為ったかご存じだろうか?。理由はシンプル「死の表現」に限界が来た。スリラー小説の世界では誰が殺されるか?が焦点ではなく、どうやって殺されたか、トリックが全て。映画は逆に殺し方よりも、誰が先に死ぬのか?がプライオリティ。其処に括目したのがファイナルだが、ネタ枯れで清く制作は打ち切られた。

残虐を加えた残忍には、自ずと限界がある。例えば冬の離れの屋敷に2人居た。外は雪で屋敷に出入りすれば足跡が残る。だが、誰も出た形跡が無いのに、1人が忽然と消えた。残った1人が出て行き、屋敷を隈なく捜索したが誰も居なかった。究極の密室殺人だが、答えは1人がもう1人を「食べた」。これを超えるトリックが有れば教えて欲しい。この様に、加虐は簡単にネタ切れする。SAWの本筋は拷問でも処刑でも無い。Ⅰが作られて既に17年が過ぎた。アップデートを怠り、言い訳めいたゲームばかりでお茶を濁してる。

追い打ちを掛けるのが「問わず語り」神田伯山な犯人。顔も知らない真犯人が出て来たら?と心配に為る位、犯人は相棒以外にありえない。状況証拠は全て相棒を指し示し、ミスリードが皆無なので消去法すら必要無い。演出の妙で説明すべき犯行も、ペラペラと「アイツはあんな事をしたから」丁寧に解説。そんな問わず語りのスリラーは無くもないが、出しゃばりが過ぎる。犯人を見ながら、自分(考察好き)を見てる気分に為った(笑)。

SAWのレトリックには、2つのパターンが混在する。謎解き要素のサイコ・スリラー、代表作はオスカー作品「羊たちの沈黙」該当はⅠⅡ レガシー。もう1つはデスゲーム・ホラー、代表作はレビュー済「ザ・ハント」該当作Ⅲ~Ⅵ。3Dはオチありきの歌舞伎(笑)。新章で新主人公なので。原点回帰でスリラーに寄せたが、代表例「セブン」との違いは、SAWは常に被害者目線で物語が進行する。故に観客も初めて見る被害者に感情移入する、これはミステリーの一丁目一番地。しかし、捜査目線では被害者の刑事は「捨て駒」で、殺されても「あー、そうですか」と淡泊に見えるので、サイコ・スリラーに回帰する意味がない悪循環。

シリーズを日本で誰よりも知るアスミック・エースは大いに悩む。Ⅰで「最前列で見ろ!」秀逸過ぎる予告編で大ヒットさせた実績が有る。ナンバリングで無い本作、私なら「スパイラル ソウ世記」で喧嘩上等にする(笑)。当初は「ソウ・ザ・スパイラル」だったが、いざ本編を見て「思ってたんと違う」過去作品と全く関係ない、と言う意味を邦題に込めた。遊び心満載のパンフレットも、今回はサイズ小さめで普通。作品の質に比例と言う事か。8月上旬に届いた残暑見舞い、緑の箱の中に赤い渦巻の蚊取り線香、メモには「緊張の夏、渦巻の夏」のメッセージ、流石はアスミック・エース!。

続編は既に始動してる。Chris Rockはハイチ移民がボクサーに成る「I Am Maurice」制作で手一杯だが、次回もエグゼクティブ・プロデューサーを務める、彼には潤沢な資産が有る。監督とMax Minghellaは、今後のフランチャイズについて、2人だけで話し合いを進めた事を認めてる。評価は散々でも北米2週連続1位、収益と言う意味では配信も含め、一応成功してる。本作を一旦SAWから切り離して「セブン」の亜流、別モンのスリラーとして観たなら決して悪くはない。だが、卑しくもタイトルにSAWがある以上、瑕疵を追及されるのは宿命。まだ名台詞「ゲームオーバー!」聞けてないが、果たして?。

長文にお付合い頂き、ありがとうございました。SAWファンの溜飲が下がれば幸いです。
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