サトタカ

サンダーロードのサトタカのレビュー・感想・評価

サンダーロード(2018年製作の映画)
5.0
映画『サンダーロード』と聞くと自分はどうしても石井聰亙監督の『狂い咲きサンダーロード(1980年)』を思い浮かべてしまう。バトルスーツの山田辰夫がかっこよくてねぇ…(涙)。Anyway、この映画は何をやってもうまくいかない白人ヒゲ男を追う、観てる観客までいたたまれなくなるような痛々しい一本でした。

もともと2016年のサンダンス映画祭短編部門グランプリを受賞し、この作品のもとになった『Thunder Road』という12分ほどの短編映画がありまして。これはいまだにVimeoで観られるので、興味ある人は是非見てください。日本語字幕はないけど、英語字幕にすればある程度わかる人も多いのではないかナ?(←えらそうに)

舞台はテキサス州なので、やはりアメリカ南部の(白人)男性優位主義(=マッチョ)がはびこっているっていうのがまず前提(たぶん)。そこへもってきて、主役のヒゲ男の仕事はグロックや警棒、手錠を腰につけて、胸には銀バッジをつけてる警官というね。あ、ヒゲもオトコらしさの象徴だよね。

このヒゲ男、ジムを演じるのが、この映画の監督、ジム・カミングス。彼は脚本・編集・音楽も一人でやっているというすごさ。やりすぎだろ(笑)。

で、この映画のタイトルはブルース・スプリングスティーンの名曲『涙のサンダーロード』から来ているわけだけど、彼がかの南部白人ロック・ヒーロー「スプリングスティーン」のファンかというとそうではなく、彼の亡くなったお母さんが大ファンだったというね。お母さんはバレエを子どもの頃からやっていて自らバレエ教室を主催してもいたんだけど、『ボス(=スプリングスティーンの愛称)』が好きだったのね〜。

で、冒頭のお母さんのお葬式では、なぜかジムのお兄さんもお姉さんも欠席。ジムは3人兄弟の末っ子なのね。お母さんは孫がトータルで7人もいたっていうから、ジムの一人娘のクリスタル(ケンダル・ファーが演じてて、最高の演技)を除くと6人だから、たぶんお姉ちゃんが子ども2人(劇中に映る)で、お兄ちゃんが3人なんだろうな。

実の母親の葬式に出ないってなかなかないと思うんだよね。お父さんは先に亡くなっちゃったのかな?言及なかった気がする。
ジムはお葬式のスピーチ(親族代表?)で、自分は反抗期もあってお母さんと仲が悪かったと話すんだけど、これは伏線。

ジムはディスレクシア(失読症)で、感情も激しく揺れ動く人で、かなり危なっかしい。俺の印象では『不器用で憎めないオトコ』の範囲を超えてると思う。逆に親友で相棒警官のネイトは本当にいい奴で泣ける。ジムはねぇ〜、多動傾向もあるし、学習障害(LD)もあるように見え、そこがまた見ていてとっても辛い。彼なりに懸命に生きて、一人娘を心から愛しているんだけどねぇ…。あぁ辛い。わかるよ、ジム。わかるっ!(むしろ親友がいてうらやましいくらいだけどな!)

スプリングスティーンの歌って、「サンダーロード」みたいに閉鎖的な町を今夜飛び出して約束の地まで疾走(はし)り抜けようゼ!的な感じが多いんだけど(特に初期)、空元気というか無理矢理自分たちを鼓舞してるとこがあるのよね。絶望を抜け出そうとしてるんだけど、その先に希望があるとは限らないとわかっている。でも一縷の望みを捨てるわけにはいかなくて、ギリギリのラインを狙っていくというか。で、聞いているファンも実は本心では故郷の町を出たいとは思ってなくて、架空の歌の中で、ナンチャッテ逃亡を夢見てつかの間楽しんでるだけというね。
アメリカ人って生まれ育った州から一度も出たことがない人たくさんいるんだよね。パスポートなんか全然持ってない。イナカモンがたーくさん。※スプリングスティーンはユダヤ系だからシオニズムが入っているというのもある(彼の歌うプロミスト・ランド=約束の地はカナンのこと。いま、えらいことになってる)。

そういう慰みもの、架空の物語としてのロックや映画を気楽に楽しむ俺たち。でもジムが嗚咽しながら娘に口走る「Oh God, It's the song..(ちきしょう、俺のセリフ、まるで歌の歌詞みたいだ!=意訳)」というセリフが、その生ぬるさを鋭いリアリズムでぶった切ってたね。

徹底した現実主義でロックの名曲を次々と創り出してくれたスプリングスティーン。この映画全体が、同じトーンだったと、この映画を見終え、12分の短編を見てから「Thunder Road」を聴いてよくわかった。

ロックは黒人達のリズム&ブルースから白人たちが発展させた音楽(大まかに言えば)。ジョン・リー・フッカーの「吃音のブルース」じゃないけど、社会的弱者、マイノリティの嘆きが大きなテーマだ。

つまり、こんなにロックな映画はない。
文句なしで満点。
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