きょん

哀愁しんでれらのきょんのネタバレレビュー・内容・結末

哀愁しんでれら(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

女の子は誰でも漠然とした不安を抱えている。私は幸せになれるのだろうか。…そんなモノローグで始まるこの作品。
主人公小春のどん底の不幸から幸福の絶頂へ、そしてある事件を引き起こすまでが描かれているのだけれど、ストーリーだけを追っていると大事なものを見逃してしまう、そんな気がしている。
そもそも小春はいわゆる悪人ではないが、決して根っからの善人ではなかったのではないか。大悟と出会った踏切で助けるかどうか躊躇するところ、児童虐待の疑いがある母親やモンペに対する一刀両断な切り捨て方。母は(親は)こうあるべき、あんな風にはなりたくないという固定観念。ある種の頑なさが結婚後の大悟やヒカリとの関係性に影を落としていたように思える。
大悟については生い立ちがあまり語られないけれど、あの宝物いっぱいの部屋と母親とのエピソード、そして学校を嫌がるヒカリに対して言った「バカと話すと疲れるよな」「学校に行かないと誰からも相手にされない」「バカと話すと楽しいぞ」等の言葉で、どんなメンタルで今まで生きてきたかは伺い知れる。
そんな大悟に育てられたヒカリはとっても恐ろしい子供に見えるし、パンフ読むまで勘違いしてた部分もあったけど、実際は大悟の事はもちろん小春の事も大好きなのだ(一回見ただけでは気づかなかったけど)。だからこそ指切りした内緒話をいとも簡単にばらしてしまう小春に腹が立ったし、逆の立場になったら大悟にばらす。

結婚式で小春が言った「私が大ちゃんとヒカリを幸せにします♡」って実はとっても大それた事じゃないか…そんな気がしてる。学校生活に端を発した嘘の積み重ねでヒカリに対して疑心暗鬼になり、ついには大悟に母親失格の烙印を押され、自分が最もなりたくないタイプの母親になったと知った小春の絶望感。踏切に横たわった段階で彼女の心は死んだのではないかとも思う。
その後の行動は大悟と一心同体。小春父言うところの「おばけになっちまえば怖くない」状態なのではないかと思うし、以前より心の平安や幸福を感じてるように思える。思い付きを耳打ちした後の大悟の表情と、聖母のように微笑む(私にはそう見えた)小春の表情が忘れられない。
事件そのものの描写は夢の中のような感覚にも襲われるが、実際問題として本当に事件を起こしたかどうかより、小春がそれを思いつき、家族を守るための最善の策だと思ってる事自体が重要なのかもしれない。

この映画を観て、泉澤一家、この一連の流れを異常だと断ずる事は私にはできそうにない。自分の中のどこかに小春や大悟、ヒカリがいないとは断言できないから。

【追記】
大悟の左耳がほとんど聴こえない設定、小春と手芸店のエスカレーターに乗っているシーンや、2人で車にのってるシーンとかでしっかり表現されていて、制作者と演者の細やかさを感じました。ラスト近く、小春の「ヒカリに確認しなくていいんだよね」の呟きは、大悟には聞こえていないよね?だからこそ家でヒカリに直接聞いてあの展開になった。だからといってあれがなければ事件は起こらなかった…とは思わないのだけれど。
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