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リーサル・ストームのnetfilmsのレビュー・感想・評価

リーサル・ストーム(2020年製作の映画)
3.3
 メル・ギブソンさんの映画は主に、ギブソンさんが「頑張っている」映画と「頑張らない」映画に大別されるんだけど、今作はどちらかと言うとあまり頑張らない作品でした。というか原題『Force of Nature』に対して邦題が『リーサル・ストーム』とはどうなのよクロックワークスさん。「Lethal」の直訳は致命的なという意味だから、致命的な(致死量の)嵐となるのだけど、今作では嵐よりもむしろ強盗団のボスであるジョン・ザ・バプティスト(デヴィッド・ザヤス)の方がよっぽど脅威なのだ。メル・ギブソンの代表作はとの問いに対し、『リーサル・ウェポン』シリーズと答える人も多そうだが、同じくらい『マッドマックス』シリーズと答える人も多そうだし、今回は元警察官だが今は無職で出て来るわけで、流石に『リーサル~』と付けるのは安易なんじゃないか。

 開巻早々に始まる情けない情事は決まって冥途の土産の最後の思い出となるわけで、今回もぼんやり観ていたのだが、いつまで経ってもメル・ギブソンは出て来ない。それもそのはず今回のギブソンさんは物語を動かす側ではなくて部屋に籠城するのみで、若い警察官のコルディーロ(エミール・ハーシュ)が映画を動かす役割なのだ。同僚と事に至る警察官は明らかに職務怠慢だがその代償は計り知れず、刑事ものの定型を辿れば「銃」は勃起不全のメタファーともなり得る。彼自身は発砲のトラウマで一時的な勃起不全に陥っており、簡単に発砲が出来ない。レベル5級のハリケーンと同時に凶悪な強盗犯がやって来る設定は様々なことが出来るはずだが(思い付く中ではまず音だろう)、ハリケーン+強盗の合わせ技はほぼない。一応強盗犯側にはアパートが手薄になる嵐の日を狙ったという言い訳は立つのだけど、結局それだけで射程圏内に入った対象が大雨で僅かにぼやけるくらいでほぼ豪雨の影響がないのには笑ってしまった。避難出来なかった人はごく少数だがそれぞれに曰く付きの人物でその理由を辿って行くシナリオはなかなか新鮮だったが、人物紹介が済むとその後の創意工夫が続かない。

 メル・ギブソンの元警察署長という設定そのものは、一夜に起きた出来事の中で頼りない半人前の警官を一人前にするのに十分なのだが、今作にとって一番誤算なのはメンターたるメル・ギブソンの早々の退場に尽きる。代わって彼の遺伝子を受け継いだ娘のトロイ・バレット(ケイト・ボスワース)が物語を駆動させる展開になってからは、映画は早々に娯楽作に必要な定型を見失ってしまう。クライマックスではコルディーロが発砲して終了とならなければトラウマの克服とはならないはずだが、心底頼りない3人は結局、得体のしれない「あれ」に頼ってしまう。そもそも「あれ」に頼るだろうラストはかなり序盤の段階で予想もついた。ここから先は筆者の単なる予想で確証はないのだけど、今作の制作側とメル・ギブソンとは実働時間何時間という制限ありの契約を結んでいたのではないか。それが何かの拍子で制作が遅延し、肝心要のメル・ギブソンはあそこでお役御免とならざるを得なかった。ギブソンさんは無給で最後まで撮影に付き合うような優しいおじさんではないのだが、制作側には追加で支払うだけのバジェットが残っていなかった。そう思うと今作は「頑張らない」メル・ギブソンをキャスティングしたのがそもそものケチのつけ始めだったかもしれない。願わくばエミール・ハーシュに『サイン』のホアキン・フェニックスのような圧倒的な存在感があったら良かったのだけど、主人公にさしたる魅力もない中では、全体のレイアウトが崩れたら建て直すのはなかなか容易ではない。
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