——「破滅への探求」を言い換えるとどうなる?
ブラジルのピアニスト、ジョアン・カルロス・マルティンスの生涯を描写した作品。
劇中、事あるごとに数々の女性たちと情事に及ぼうとする主人公の姿がポップかつコミカルに描かれているが、芸術家と狂気を語る上では外せない要素だったのだろう。
個人的にピアニストについてはあまり明るくないのだが、「バッハの名演奏家」という触れ込みに惹かれて鑑賞した。
私は宮廷音楽への興味は薄いのだが、バッハだけはなぜかそれなりに好きなのだ。
古代の碑文のように几帳面で規則正しい楽譜。しかし、どこか神秘めいた意図を隠しているような気もする。
舞踏のリズムに忠実だからこそ、作曲した者の性癖が色濃いような。例えるなら、みんな同じセーラー服だからこそ飛び抜けて綺麗な子に目が行ってしまう感覚だ。
劇中ではジョアン本人の演奏する音源が使用されているが、なるほど確かに彼自身の解釈で演奏を聴いてみたいと思わせる。
音源自体は宮廷音楽らしい均一な音律に聴こえるのだが、所々にジョアンの美学と意志が垣間見える。たしかにバッハの魅力と彼の解釈は相性が良さそうだ。
ところで芸術家の狂気については表現が難しい分野だ。所々で周囲や大衆からの評価好転を描写し、一般視聴者にカタルシスを得させようとするチープな表現が採用されているが、当の本人がそのような俗物的なものに一喜一憂するピアニストであったかは疑問が残る。
少なくともこの映画では、ジョアンは不運な遊び人の努力家という印象しか抱けない。まぁ実態がそうならばそれで構わないのだが……。
ただし起承転結の滑らかさに主眼をおいて、あくまで映像のエンターテイメントとして楽しむのであれば悪くない作品だ。
若かりし頃のジョアンの演奏を聴いてみたかった。