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ノマドランドのAPlaceInTheSunのレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
4.5
【Netflixで前作『ザ・ライダー』を観てからずっと楽しみにしていたクロエ・ジャオの次回作。】

至高の撮影により映し出されるアメリカの美しい大自然、
プロの役者を使わず物語の設定に近い素人をキャスティングする手法など
『ザ・ライダー』との共通点は多い。
時代に取り残され、翻弄された弱者としての白人が主人公という点も大きな共通点。

夫が着ていただろう洋服を、別れを惜しむように抱きしめる。
その後、何も無い広大な草原で用を足す。犬が縄張りにマーキングのためにオシッコするかのように。
その土地で我々夫婦が生きた証を残したいという事か。可笑しみと切なさが合わさった良いシーン。
そしてタイトル『NOMADLAND』。

愛する夫と死に別れ、慣れ親しんだ街が閉鎖された事により、キャンピングカーによるノマド生活を始めるファーン。
ファーン以外にもノマド生活を余儀なくされる人達には高齢者が多い。
医療問題、経済格差などアメリカが抱える社会問題が見て取れるが、本作はそこにフォーカスするのではなく、あくまで個々人がどう尊厳を持って生きるか、人生の終わらせ方や喪失感との向き合い方についての映画だった。

心の拠り所を失った今、人として生きて行くのか。
社会的なステータス、物質的な満足からは縁遠い。
大家族が迎えてくれる暖かい家庭もなく、持ち家もない。

世界の覇権国アメリカ。経済大国アメリカ。アメリカの白人達にとって、そんなブライドはとうの昔に持つことが出来なくなり。
国内ではヒスパニック系、アジア系人種の割合が高くなり富裕層もどんどん生まれてきており、時代に取り残された白人層。

彼ら彼女らの最後に残されたプライドが、アメリカの原点であるリバタリアニズムだった。
「安全」「安心」「安定」「便利」…どんな価値観よりも「自由」を一番重んじる。
(この映画をよく分からないと思う人が多いのは、我々日本人が、安全、安心、安定、便利に飼いならされすぎてるのかも。飼いならされ、護られ、思考停止に陥ってるのかも、、)
誰の世話にもならず、何にも執着せず縛られず、自由気ままに暮らす。
それを中国人女性監督が描くというのも興味深かった。

孤独で、貧しく厳しい生活を送るファーン達ノマドの生き方を作り手は、悲観的に描かず誇り高い生き方として肯定してるし(妹がファーンを評したセリフに現れている)、
家庭に収まる人生(主人公の妹や、デヴィッドの生き方)を否定的に描いてもいないのも良かった。

ファーンは端がちぎれて色あせたモノクロ写真の中の夫を眺める。ラジオでは二人の思い出の音楽であろうオールディーズがかかっている。
もう一つは、大切な人と死に別れた後の喪失感をどう受け入れるか、というテーマも描かれていた。
例え今は隣に居なくても、心の中には大切な人と過ごした、かけがえのない思い出があるじゃないか。
後にボブも息子が自死し、深い喪失感を負っていた事が明らかになる。彼は「人を助けることが息子の供養になる」と自身の活動の原点を語っていた。

思い出と共に活きる事も、人助けを供養と考え生き抜く事も、「全ては心の持ちよう」が一番大切だと気付かされるエピソード。

【その他雑感】
・撮影、録音は監督クロエ・ジャオ3作とも強力タッグを組んだ人達らしく素晴らしい。
 劇伴がもっと良ければ作品の格がもっとあがったと思う。
・ヌード入浴シーンは当たり前、排便シーンを厭わず演じるフランシス・マクドーマンドの俳優魂。素晴らしい。
・排便や、食事など人間の生活をしっかり描く事が、素人をキャスティングだけでなくリアル感、ドキュメンタリー感を高めている。
・富や名声、物質的な所有物を全て捨て去り、何にも縛られず生きる主人公の選択、生き方はどことなく「イントゥザワイルド」を思わせる
・大きな喪失感や、人生の折返し地点を迎え人生の終わりを意識する年齢の登場人物達に共感できるか。そういった意味では若い方には深く刺さらない可能性があるかも。
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