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ノマドランドのsingthingのネタバレレビュー・内容・結末

ノマドランド(2020年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます



序盤からの表現で、貧困による惨めさや苦悩が描かれていく予感がして少し構えていたが、その心配は徐々に緩んでいく。主人公が不慣れながらバンで暮らし始め、その生き方に慣れていくのに同期して。

哀しみ、喜び、苛立ちや不安、愛情や憎しみ、後悔、希望。分けきれない感情が混じり合ってその時々の色を描き出すようだった。そういえば日本語には"喜怒哀楽"という四字熟語があり、それぞれの感情ごとを同じ大きさで並列させつつ、その境界線が引かれているように感じるが、英語にはそういう表現はないのかもしれない。感情はもともと、グラデーションのようにある、という感覚だったりするのだろうか。

状況や感情の説明をするためのシーンがたくさんあるが、そこが過剰になりそうでギリギリならない、ちょっとだけ匂う表現になっていて、毎度、観ている自分が"鑑賞者"として画面の向こうの物語と切り離されそうになりつつ綱渡りでまた入り込んでいく、というあまり今までになかった感覚があった。波が打ち寄せて引いていくかのような。

離れたところから「何か面白いもの見つけた?」と尋ねられた主人公が、「岩!」と応答し、ぱたぱたと走り回る姿がキュートだった。子供みたい。遠くから呼ばれて応答するシーン、どんな映像でも好き。

頭にハッピーニューイヤーのカチューシャをつけて、花火を振り回しながら挨拶して歩いていた。追悼だったのだろうか。1度目の時はバンの中でじっと何かを食べているだけだったのに。閉じこもっているときはどうしても寂しさが強くなるが、外に出ていけば誰かがいる。そこには他者が写っていないが、誰かの確かな気配がある。

ドラマティックでなくとも一人一人の人生はそれぞれに大変で豊かで、負っている物語が時には重いくらいにあるものだ。親がそこまで若い方ではなかった自分にとって、そういう親の世代の人たちを身近に感じる映画だった。いつかは自分にこういう時がくるのかも、その時どう行動するだろうということを考えながら観た。
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