ヤマダタケシ

ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償のヤマダタケシのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

2022年3月 ネトフリで

 タイトルにブラックメシアとある通り、ある意味アメリカの人種差別に反対する運動における英雄の1人とも言えるフレッド・ハンプトンの物語でありながら、彼の話ではなく、彼をFBIに売った人物・ウィリアム・オニールの話にしたことがこの映画を映画的に、またより広い視点から見られるものにしていたと思う。

 まず今作はオニールを主人公にしたことによって、〝FBIのふりをしていた男が実際にFBIにされてしまう悲劇〟という、非常に映画的なものになっていた。
 それは最初、ビジュアルとしてFBIっぽい格好(ロングコートにハット、そして捜査官のバッヂ)をしていたチンピラの男が、そのビジュアルに引っ張られる形で本質の部分からFBIにされて行ってしまうことを描いていた。このビジュアル(画面に見えるもの)と本質(見た目では分からないもの)のねじれこそが非常に映画的だと思う。
 この映画では黒人差別というのが単なる人種の差別では無く、経済格差の話として描かれる(それは恐らくブラックパンサー党の考え方もそうだった)。ハンプトンが演説の中で指す〝ブタども〟とは、あらゆる差別・格差のある社会を維持しようとする人々・維持することによって利益を独占しようとする人々であり、それが当時のアメリカにおいては、白人の資本を持った男性という事になる。
 それに対し、ハンプトンはその白人の資本を持った男性が頂点に立つ構造の中で、搾取されている人々をまとめはじめる(だからこそFBIから危険視される)。地域によって対立し合う黒人グループを統合し、白人の労働者階級やラテン系にルーツを持つ組織とも手を取り合い団結していく。
 つまり、今作で口にされる白人vs黒人というのは人種の話ではなく、資本家vs労働者の戦いであり、ひいては資本主義vs社会主義・共産主義の戦いなのである。
 だからこそFBIはハンプトンを危険視する。
 
 ここで面白いのはやはりそこで白人側(資本家側)に黒人側(労働者側)の救世主を売った男である主人公の中で起こるビジュアルと本質のねじれの変化にあると思う。

 冒頭の主人公は
 FBI=銃よりも強力なパワーの象徴としてFBI(つまり白人(資本主義の側)の力の象徴)の格好をする。
 この時点でオニールは、ブラックパンサー党や各地のアイデンティティに基づいた活動をしているわけではないが、盗みをしなければならないほど貧しい、まともな職につけないという事も含めて本質的には黒人であるがビジュアルは白人という風になっている。

 そこから彼がFBIのスパイになる事によって、彼の本質(正体)は白人の側にされてしまう。
しかしブラックパンサーに入った時点で彼のビジュアルは党の制服に変わる。つまり黒いベレー帽に黒い革のジャケットになる。
 この時点で本質はFBI、つまり白人の側であるのだが、ビジュアルは黒人という風になる。

 そして、彼は党員として活動することによって、また自分が身にまとったビジュアルに引っ張られる形で次第に党員としての、つまり黒人としてのアイデンティテが彼の中に目覚めていく。
 ある意味、抵抗する言葉を持たなかった黒人の青年がFBIの格好をした上にブラックパンサーの制服を着る事によって自らのアイデンティティが歪んでいくということが、この映画の非常に映画的な作りだったように思う。
 そして、そこで与えられたFBIという本質・バッヂは、本質的な自分のアイデンティティを代弁する言葉に同調することができなくされてしまった呪いのようなものでもある。出所してきたハンプトンの演説に合わせて、本気で声を上げるオニールの姿、またそれをFBIの捜査官(ジェシー・プレモンス)から「迫真の演技だ」と言われ混乱するシーンはまさにそのオニールの混乱を表わしている。
 そう考えると最後のオマール本人のインタビュー映像の中で語られた「わたしは傍観者では無かった。確かにあの闘争に参加していた。」という言葉は、彼にとってはウソでは無かったのかもしれない。
 しかし、彼は先に白人としての、FBIとしての顔を持ってしまったためにそこに入れないのだ。
 
 オニールというスパイを主人公にした事によって、この映画はより映画的なものになっていたと思う。
 それと同時に、黒人でありながら白人の側として活動に参加せざる得なかった彼の視点で物語を描くことによって、黒人の側から起こった革命の側とそれを鎮圧しようとする権力の側、双方が見える形になっていたように思う。
 
 黒人の側は、基本的にハンプトンのカリスマ性、というか、ハンプトンの演説が印象的であった。今作印象的なのが、主人公ではない分、ハンプトンの言葉が作中に多く出てくるということだ。大学での演説、クラウンズへの演説、白人労働組合への演説等々演説のシーンはもちろんのこと、妻・デボラへ送った手紙など、彼の言葉を多く出し、彼がいかに言葉によって黒人を団結させていったかが描かれる。
 そして、FBIの側から描く事によって、彼の言葉であらゆる搾取された人々が団結していくことこそが、白人にとっての脅威だというのが良く分かる。
 またオニールを使う捜査官も、さらにその上の上司に使われている。つまり、新たな成果を示さなければならないというあせりに駆られているシーンを見せる事によって、高級レストランでの食事や高級なブランデーに囲まれて見える捜査官ですら、ある意味使われる側であるという搾取の構造を見せてもいた。

・てかいわゆる忍者の視点から描いた『カムイ伝』っぽいよね。
・サックスの音が印象的