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私というパズル(2020年製作の映画)
4.1
 アメリカ・マサチューセッツ州ボストン、新たな陸橋の工事で大忙しのショーン・カーソン(シャイア・ラブーフ)は現場監督として部下たちに声を掛けながら、足早にJEEPで現場を立ち去る。男の向かう先は自動車ディーラーだった。その日、妻のマーサ・ワイス(ヴァネッサ・カービー)は母親と妹と連れ立って、新しい車を探しに来ていた。やがて合流した夫と共に2人は、先ほど購入したばかりのミニバンに乗り込む。妻は身重でお腹の膨らみはいつ生まれて来てもおかしくない。屈強なJEEPから少し手狭なミニバンへ。夫婦は新しい子宝の誕生を準備万端で待ち構えていた。その日部屋に帰ると妻は破水し、夫は慌てて知り合いの助産師バーバラを呼ぶも既に先約があり、代わりの助産師イヴ・ウッドワード(モリー・パーカー)を呼ぶ。この自宅出産のシークエンスは20数分にも及ぶ長回しで、夫婦の一大事を余すところなく伝える。だが息つく間もなく行われたお産の甲斐も空しく、無情にも赤ん坊は天国へと旅立つ。

 仕事も家事も全て自分でテキパキこなすキャリア・ウーマンのヒロインは、自身に訪れた死産という悲劇をどうしても受け入れることが出来ない。工事現場監督の夫は典型的なブルー・カラーで、エリートでホワイト・カラーの妻をいつも後方から申し訳なさそうに支えて来た。だが死産という悲劇が仲睦まじい夫婦仲にも亀裂を走らせる。夫は妻を慰めようとあれこれ奔走するがその実、抑えていたタバコの量は増える一方で、しまいには自分たちの助産師への訴訟専任の弁護士と浮気に走る。シャイア・ラブーフの私生活を地で行く(失礼!)演技が迫真に迫る。夫はマーサの母親のエリザベス(エレン・バースティン)とはいつも折り合いが悪く、家族の中に居場所などない。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でも印象的だった曇りがちな港湾の街並みはひたすら深い雪に覆われ、夫は自分の出生地であるシアトルの冬晴れの景色をひたすら請うのだ。本来なら娘を連れているはずだったミニバンには2人しかおらず、重苦しい雰囲気だけが車内に漂う。

 「乳幼児突然死症候群」を扱った物語は、その責任の所在を明らかにしない。だが妻は何かを「赦す」ことで一歩前に踏み出そうとする。雪解けの後、皮肉にも開通した陸橋は緩やかで美しいフォルムを曇り空の中に現す。演出もそうだが、役者陣の要所を弁えた演技がそれぞれに良い。特に主人公のキャリア・ウーマンを演じたシャイア・ラブーフの演技の圧倒的な佇まいには驚いた。母親として妻として、そして一人の娘として。静かに心の欠片を埋めるように、自分自身の心の傷に向き合う。アメリカ・マサチューセッツを舞台としながらも、コーネル・ムンドルッツォの演出は遠い異国ハンガリーの匂いが漂う。どんな豪雪の只中においても、いつかは雪解けし、やがては春が訪れる。その様子をカメラは静かに厳格に見守っている。派手さはないがなかなかの良作だ。
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