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The Woodsman(原題)
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『The Woodsman(原題)』に投稿された感想・評価

akrutm
4.0
児童への性的虐待の罪で12年間の服役を終えた男が、フィラデルフィアで社会復帰を試みながら、自らの根深い性的衝動と向き合い、職場での人間関係や恋愛を通じて贖罪の可能性を模索する姿を誠実に描いた、ニコール・カッセル監督の長編デビュー作となるドラマ映画。

原作は、劇作家スティーヴン・フェヒターの同名戯曲。まだ学生だったニコール・カッセル監督がニューヨークのアクターズ・スタジオで上演されたこの舞台劇を観て映画化を決意し、フェヒターに連絡を取ったという。当然ながら、映画学校をまだ卒業しておらず、映画を撮った経験もなかったカッセルはフェヒターから信用されず、脚本の初稿を書くのでそれで判断してほしいと説得。初稿を気に入ったフェヒターが、共同脚本家として参加することを条件に映画化に同意した。

小児性愛(ペドフィリア)の傾向を持ち、実際に児童への性的虐待を行った男性を主人公にするという、描き方を少しでも誤れば大きな批判を招きかねない、極めてチャレンジングな作品である。しかも、性的加害者を単純な「怪物」として描くわけでもなく、だからといって彼を簡単に更生させるわけでもない。その微妙な均衡の上で慎重に造形されたウォルターという人物とその人間性は、かなりの説得力をもって観客に訴えかけてくる。本作が提示するのは、「彼は本当はいい人だった」という単純な話ではなく、重大な犯罪を犯した人間であっても、善人か悪人かという二分法だけでは捉えきれないという、より不快で複雑な現実である。これは、現実社会で性加害者と接しなければならなくなったときに直面するジレンマでもあり、そうした状況を観客に疑似体験させるという意味でも、本作には大きな価値がある。

そして当然ながら、脚本の中でそのような人物を造形するだけではなく、映画の中で実際にその人物を演じる役者が必要となる。その難役を見事に演じきったのがケヴィン・ベーコンである。『フットルース』で青春映画のスターとしての足場を築いた後、脇役や悪役も厭わず演じることで実力派俳優としての評価を確立してきた彼ならではの挑戦であり、商業的な魅力よりも役柄や物語の深さを優先する俳優としての地位を、さらに確固たるものにした作品と言ってもよいだろう。特に、ウォルターを露骨な「怪物」として演じるのではなく、寡黙で孤独な、ごく普通の男に見える存在として演じているからこそ、その内面に潜む欲望や危うさがかえって生々しく伝わってくる。

『The Woodsman』という題名は、童話『赤ずきん(Little Red Riding Hood)』に由来する。この童話では、狼に襲われた赤ずきんを木こり(woodsman)が救う。赤ずきんを少女、狼を少女に性的な危害を加える加害者のメタファーとするなら、その少女を救うのが木こりというわけである。映画の後半では、「狼」であることを認識しながらも、別の小児性愛者を叩きのめすことで、自らを「木こり」へと再定義しようとする主人公の、ある意味では身勝手なアイデンティティの転換が描かれており、それがタイトルにも象徴されている。しかし、この行為によってウォルターが「善人」になったわけではない。むしろ、自分と同じ「狼」を排除することで、自分は狼ではないと確認しようとする危うい自己救済にも見えるのである。この曖昧なアイデンティティの転換こそが、『The Woodsman』という題名に込められた皮肉でもある。

その意味で、本作で最も印象的なのが、公園でウォルターが少女ロビンに性的な関心を向ける場面である。彼は少女を性的な対象として見てしまい、かつての自分と同じ加害者になりかねないところまで近づく。しかし、そこでロビンが父親から性的虐待を受けていることを知り、ウォルターは自分がかつて被害者たちに何をしたのかを突きつけられる。ここで描かれるのは、彼が突然「善人」に生まれ変わる瞬間ではない。むしろ、自分の欲望と犯罪から逃れることのできない人間が、それでもなお他者を傷つけないために生き続けなければならないという、より厳しい現実である。

だからこそ、終盤で別の小児性愛者を叩きのめすウォルターの行動も、単純な贖罪や「善への回帰」として見ることはできない。彼は確かに少女を守る側に立とうとするが、その暴力によって自らを正当化しようとしている面もある。ウォルターが「木こり」になれたのか、それとも「狼」である自分を抱えたまま生きていくしかないのか。その答えを明確に示さないところに、本作の誠実さがある。贖罪とは過去の罪を消してしまうことではなく、その罪を抱えたまま、自分が再び誰かを傷つけないために生き続けることなのだと、本作は静かに問いかけている。
3.3
2005年NZ国際映画祭で観賞。
よくこの仕事受けたよなあケビンベーコン!ペドファイルなんて一番忌み嫌われる役柄を丁寧に、観てて不安になる程リアルに演じていて、本当に見事でした。
M
3.0
少女への性的虐待のために服役し、
今は12年の刑期を経て製材所で社会復帰を試みる主人公ウォルター。
周囲との関わりを絶ちながらもひたむきに働き、
葛藤の日々を送る中での主人公の克己を描くヒューマンドラマ。
公園での少女 ロビンとのシーンが印象的。