ななこ

シングルマンのななこのレビュー・感想・評価

シングルマン(2009年製作の映画)
4.3
トム・フォードという人間が、怖い。まさにこのことを「畏敬の念」というのだろう。

コリン・ファースの"にわか"ファンの私は、この作品と出会い、その素晴らしさを知るまで随分と、長い時間がかかった。
男性美と死。同性愛者のトム・フォードが表現するその世界は、儚く、美しいものであり、私にとってそれは、新しい世界だった。

最愛の恋人を失ったコリン・ファース演じる大学教授。もう、生きている意味が分からなくなった。そんな彼が自死を決めた日。その一日を、スクリーンで覗き込む。
舞台は60年代。80年代にエイズが爆発的に流行る前ーー「ゲイの癌」と言われ、同性愛者への偏見・差別が加速した時代より、ずっと前だ。マイノリティはいつでも、人々の「拒否反応」付きだった。この作品内でも、それに嫌悪感を示す周囲の反応やセリフからも読み取れる。

コリン・ファースの演技が素晴らしい。もし最愛の人が死んだとき、その人はどう泣くのだろうか。その疑問の答えが、恋人の死を知った際に流した、彼の涙だった。
最期の一日、見慣れた景色やヒトが、少し違って見える感覚。日常が一時的なものへ変化する過程なのか。どんな小さなことでも、スローモーションに見える。この世界で、自殺を選んだ人たちも、最期の一日は、こんな風に見えていたのかな。
もし、もう一生会わないであろう、忘れられない人と会うときもこう見えるのだろうか。

トム・フォードの映像の才能に敬服。どこを切り取っても、絵になる。悲しいストーリーなのに、その美しさにうっとりしてしまう自分。ああ、センスの塊だ。
そして、彼は強い。自分の弱さをさらけ出す、強さだ。「いつも死について考えていて、自殺願望もあった」。それをここまで美しく、悲しく、表現できること。一体、どんなに難しいことなのだろう。私小説という言葉を借りると、これは私映画だ。

これから、強くなりたいとき、ならなければいけないとき、トムフォードの口紅をつけたい。そんな映画だった。
ななこ

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