KnightsofOdessa

私は決して泣かないのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

私は決して泣かない(2020年製作の映画)
4.5
[父を訪ねて470里] 90点

大傑作。オラは不良少女として、成人もしてないのに酒は飲むしタバコは吸うし、車好きが高じて学校をサボってまで整備工場でバイトするような人物だが、母親と大喧嘩して家を飛び出ても、玄関に置いてあったゴミは一旦家に引き返してまで捨てる実は優しい性格の持ち主でもある。そんな彼女は、アイルランドに出稼ぎに行った父親とは仲が悪く、長年離れ離れなので人となりすらよく知らない。二人を繋げているのは、オラが運転免許を取ったら車を買ってくれるというお願いだけだ。ある日、父の客死を知ったオラは、家族の中で唯一英語が出来るという理由で、たった一人で遺体を故国ポーランドに持ち帰ることになる。エクストリーム"初めてのおつかい"である。

アイルランドでのオラには、まるでゲームの新ステージに来たかのように、大量の新規クエストが待っている。病院に行って遺体を確認すること、職場で保険金を受け取ること、大使館で移送許可証をもらうこと、葬儀屋で運搬用の手続きをすること。彼女は子供とは思えない行動力でそれらをこなしていくのだが、大人ぶっているとはいえ子供である二重性が連続していることを示し続ける。そもそも、自分たちへの仕送りになるはずだったお金を、顔も覚えてない父親の葬儀に使う抵抗感もあり、それに加えて慣れない土地で英語を駆使して(ときには強引に)交渉する行為はオラにとっては重荷であり、唐突にナンパに乗って地元の不良たちと酒を飲み交わしたり、相部屋になった鼾が五月蝿い男に紙を投げつけたりなど、息苦しさと怒りを発散するように時折挿入される映像による物語の緩急の付け方が非常に優れている。

コンテナに押し潰されて亡くなった父の遺体は顔も判別できず、職場の上司も同僚も、現地にいた愛人だって、オラが求める父親の本当の姿を彼女に差し出すことが出来ない。そしていつしか、父を送り返す金を探す旅路は、父親その人を追い求めるような旅へと変化していくが、長い間蔑ろにしてきた父親の肖像はオラの前には現れない。自身の都合で燃やさざるを得なかった物言わぬ遺灰が鎮座するだけだ。しかめっ面を通してきた彼女が、初めて感情を表に出して題名を回収するラストは何物にも代えがたい。

オラが頑なに父親を"Dad"と呼ばず、"My Old Man"とか"My Father"と呼ぶのに、『鋼の錬金術師』のエルリック兄弟とホーエンハイムみたいな関係性を見出してしまった。
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