幽斎

ダーク・アンド・ウィケッドの幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
シッチェス・カタロニア映画祭で最優秀女優賞と撮影賞を受賞した、進化系ヒューマン・スリラー。巧みなストーリーテリングが、我々を穢れた世界に闖入させる。珍しくUS版ジャケットよりもクロックワークスの方が出来が良い。Tジョイ京都で鑑賞。

Bryan Bertino監督は「ストレンジャーズ/戦慄の訪問者」Liv Tylerと言うセレブリティ女優を起用するも評価は「見る価値ナシ」惨敗で支援したモルモン教徒からバッシングを受ける始末。続く「鮮血ピエロの惨劇」も「極めて退屈」と製作したJason Blumの顔に泥を塗った。顔を忘れた頃にレビュー済「ストレンジャーズ/地獄からの訪問者」リメイクも大失敗に終わる。本作がコケれば生まれ故郷のテキサスに帰るしかない。

監督の場合「脚本は良いが演出がダメ」典型的な才能だけで映画を作る人。脚本にはセンスが重要、演出には努力が必要。優れたスリラーの共通点は「見えない恐怖」。ロケは監督の家族経営の農場で撮影されたが、秀逸なのは登場人物のバックグラウンドを明確にしない。それでも物語を進行出来るのは監督に明確なヴィジョンが有るから。物語の核心部分と彼らの生い立ちをミッシングリンクの様に描くので、従来の作品とは違うセンテンスが序盤から伺える。

スリラーと登場人物の過去は明確に示されるエビデンスが必要。「ポルターガイスト」の様に、恐怖の原因が過去と交わる時、怪現象の正体が明らかに為るスリラーと調和して、恐怖のカタルシスが齎される。しかし、本作は人間関係は明かされるが、肝心な恐怖の「原因」は明確に示さない。観客に推理させる余地を意図的に残す事で、定番のオカルト要素を深化させたモダン・スリラーが完成。監督は遂に自分の脚本に追い付く演出力を見せる事に成功。

スローテンポで物語が進むスリラー映画を「Slow Burn」とアメリカでは言います。代表作はアカデミー作品賞「ノー・カントリー」ですが、本作も異様な雰囲気に包まれる点は冒頭から全開ですが、田舎町特有の不気味な不吉感は、何の説明が無くても観客には「ゾワッ」とした肌触りが伝わる。序盤でインパクトのある事件と、翌日の事件。スマホ片手に寝転んで見た人も、思わずソファに座り直すだろう(笑)。

秀逸なのは根幹にあるプロット。田舎町、実家、寝たきりの父親。都会暮らしの方には、これがハンディキャップと為るのか?。私の生家は室町時代から続く家柄で、京都から出た事が無い。田舎暮らしも都会暮らし(海外留学は別にして)も正直よく分りません。本作ではソレを明確に「沼」として拘束の対象化にする。そして最後の日曜日、貴方は最悪の事態を目撃する・・・。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

本作と同じシグナチャーで言えば、レビュー済5.0評価「イット・カムズ・アット・ナイト」。アメリカの辛口な批評家も絶賛するスリラーだが、Filmarksの評価はとても低い。この作品も本作と同じで、結末に至る伏線は序盤で割と明瞭な形で引かれてる、後は観客が手繰り寄せれば良いのだが、ソレを見誤ると勝手に雰囲気ホラーと断定する、お馬鹿さんも居るかも。粗忽な方の為に解答例を挙げたい。

アメリカ南部のテキサス州、敬虔なキリスト教信者、そして「山羊」。日本人からすると牧場を経営してる方は分るが、大人しくて動かない草食動物と言うのはイメージで、実際はとても俊敏で人間でも、見知らぬ者には容赦なく攻撃を仕掛ける。つまり動物がヤギを殺した訳で無い事は推論できる。メキシコと国境が近い州は民間伝承も豊富に有ると聞く。「悪魔の仕業」テキサス出身の監督らしいメソッド。

まぁ、でも本音は「家父長制度」でしようね。アメリカでは「Paternalism」パターナリズムと言いますが、特に保守的キリスト教信者には、新約聖書の中に妻の夫に対する服従を説く文言が有る様に、とても戒律が厳しい。そして、父親が「死にかけ」と言うのが、何とも言えないアンビバランスで、実家での暮らしも良いモノでは無かったと想像できる。思い返して欲しいが、彼らは家に帰る事には元々積極的では無く、母親も来るなと言った。来るなと言った本当の理由が解ければ、もう下のページに進む必要は無い。貴方の脳裏に浮かんだ答えが「正解」だ。

この2点から導き出されるのは、父親が元気だった頃は「父親が恐怖の対象」だと言う事。悪魔の仕業と言い切れないのは、全ての悲劇が「自傷」。私は元クリスチャンだが、悪魔は自らの手でスーパーナチュラルな攻撃を仕掛ける。ホラーに詳しい方なら「エクソシスト2」同じ描写が有る事に気付いたろう。此処まで言えば父親の最期を看取った娘がどう為ったか?、お分かり頂けただろう。本作の真のテーマは「束縛」。親子と言うのは死しても関係が続くモノだと改めて考えさせられた。

家族の死とどう向き合うか、向き合えるか?。貴方の死耐性を解くヒューマン・スリラーの傑作。
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