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エスター ファースト・キルの雑記猫のネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

 2009年に公開されたホラー映画『エスター』の続編にして前日談。前作は、家族に不幸を呼び寄せる孤児エスターの正体を引っ張って引っ張って、最後に実はその正体が子供の姿をした成人女性だったという大どんでん返しを明かすというサプライズ性の高い作品であった。これに対し、本作ではこの大ネタがすでに割れているので、逆にエスターの数々の悪事を彼女の視点で描く作品となっている。そもそも前作もエスターの正体こそ伏せられていたものの、作中の事件の首謀者がエスターであることは最初から明かされていたので、やっていることは変わらないと言えば変わらないのだが、彼女がすでに大人であることが明らかになっていることを逆手に、本作では序盤からエスターがかなり派手な悪事に次々と手を染めていくため、展開がダイナミックで前作からのスケールアップを感じる。さらに、本作ではエスター視点で物語が展開していくがゆえに、騙される家族を心配する気持ちと、エスターがいかに鮮やかに大人たちを騙していくのかを楽しみにする気持ちの、アンビバレントな2つの感情が交互に訪れるという前作とは異なる鑑賞体験が引き起こされる作品となっており、子供になりすますエスターと彼女に騙される家族という構図は前作と同様なのにも関わらず、前作とは異なる味わいの作品となっている。また、エスターが類まれなる犯罪センスと高い凶暴性を兼ね備えた人物であることが前作で嫌というほど刷り込まれているために、彼女のちょっとした一挙手一投足に最序盤からドキドキさせられるという点でも、続編の強みが生きていると言えるだろう。概して、前作で多大なインパクトを残したサプライズがすでに明らかになっているハンディを、エスターのキャラクター性を序盤からしっかり押し出すことで補い、むしろ、強みに変えている作品になっていると言える。


 前作では終盤に、エスターの正体が彼女が以前幽閉されていた精神病院の医師の口から語られる。その際に、彼女が精神病院を脱走後、身分を偽り渡米したことも合わせて明らかになるのだが、前作鑑賞時には、いくらなんでも容姿が子供に見えるからといって、そこまでは一人でこなすのは無理なのではないかという感想を抱いたのだが、本作ではこのあたりの設定を丹念に補完している点も非常に良い。また、前作での印象的なギミックとして、エスターの描く絵にブラックライトをあてると別の絵が浮かび上がってくるというものがあったが、これも若干わざとらしいギミックのように感じられた。しかし、本作ではこのエスターの絵画技法のオリジンについても触れられており、こちらも前作の補完として巧みである。このように、本作は前作の若干弱かった点を補強する要素も多く散りばめられており、こういった点で理想的な前日談だ。


 2009年公開の前作でエスターを演じた女優イザベル・ファーマンが、本作でもエスターを引き続き演じている。当時のイザベル・ファーマンは12歳。子役の域を超える驚異的な演技で観客を驚愕させた彼女だが、本作公開時ではすでに26歳ということで、そんな彼女がいかにエスターを再演するのかというのが映画ファンの目下の興味であった。結果としては、基本的にはイザベル・ファーマンがエスターを演じ、部分的に別の子役が代役を務めるという形式で撮影されている。今の御時世、映像処理でかなりのことができる時代だが、本作ではそういった手法は取られておらず、代わりにかなり古典的な方法で撮影が行われている。例えば、基本的にイザベルが映るシーンではアップか上半身しか映らないようになっており、他の大人の俳優と同じ画面に映る際には足元が絶対に映らないようにしておそらく台か何かで身長差を演出し、エスターの全身が映るシーンでは子役に交代して後ろ姿しか映らないようになっている。というわけで、素人目に見ても、だいたいどうやって撮ったのか、どこでイザベルと子役が切り替わっているのかは分かる作りになっているのだが、カット割りが非常に洗練されているため、これが全く鑑賞のノイズにならない。この編集技術の高さは本作の白眉であると言えるだろう。また、前作から12年が経っているため、イザベルの容姿も子供で押し通すにはさすがに若干厳しいのだが、本作では最初からエスターが成人女性であることが提示されているため、逆にこの容姿の変化が大人が子供のふりをしている気色の悪さを助長しており、むしろ、作品にはプラスになっている。


 といったところまでが作品中盤までの感想なのだが、本作にも大きなどんでん返しが用意されており、これにより中盤以降、作品の印象は大きく変化する。というのも、実は行方不明だった本物のエスターは彼女の兄・グンナーによって殺害されており、これを母のトリシアとグンナーが隠匿していて、この2人は最初からエスターが偽物であることを知っていたという事実が中盤で提示されるのである。そのため、中盤からは、父親のアレンに隠れて、にせエスターであるリーナとトリシアとが互いを排除しようと画策する心理戦へと作品の方向性が大きく転換する。正直、本作には前作のようなサプライズは用意されていないであろうと予想して鑑賞していたため、このどんでん返しには大いに驚かされたし、あの前作からさらにこのサプライズを捻り出した脚本には素直に拍手を贈りたいところだ。ただ、この展開自体はかなり良し悪しだと感じる。まず良い点は、これにより、本作は双方の手の内を理解したうえで互いを出し抜く心理戦という前作とは明らかに異なる方向性の作品となっている点である。そのため、本作は前作と似たような構図の作品ながらも、前作の二番煎じには全くなっていない。一方、この展開のために、主要登場人物がほぼ悪人ばかりになってしまい、このサプライズが明かされて以降は、ひどい目にあってほしくない人物が作中からいなくなってしまうために、ホラーとしての緊張感が一気に下降してしまう。これは、ホラー作品としては、かなり手痛いところだ。


 というわけで、本作はサプライズか堅実さかという二択でサプライズを取った作品となっている。この選択により、本作は偉大なる前作との差別化を十二分に果たせており、良い続編になっていると思うものの、一方で、ホラーとしての完成度で言えば、前作には及ばなかったかなという印象だ。一方で、前述の通り、本作は前作の補完作品として非常に優秀であることから、本作を鑑賞することによって、前作の評価が上方修正されるという側面もあり、その点では大成功の続編であると言えるだろう。
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