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浅草キッドのnetfilmsのレビュー・感想・評価

浅草キッド(2021年製作の映画)
3.7
 映画はどうでも良い人のどうでも良い日常は描いても、どうでも良い人生など描かない。そんなものは観る側にとってもどうでも良いからだ。こういった半生を振り返る作品は決まって成功者の物語だ。しかし敗者の物語もひとたび、勝者(成功者)と対比すれば独特の味わいを持つ。今作は芸人ビートたけしの知られざる浅草時代を描く。いつも鳴かず飛ばずで貧しかったたけしと深見千三郎との関係性については、これまでも何度かドラマ化されているので知ってはいたのだが、徐々にコメディアンとして頭角を現すたけしを深見はいったいどんな目で見守ったのかを考えると言葉に詰まる。この勝者と敗者の皮肉な対比は、たけしが北野武として『キッズ・リターン』で描いたエピソードに瓜二つだ。かつて日本ランカーだった林(モロ師岡)はシンジ(安藤政信)にボクシングの手ほどきをするのだが、いつの間にか彼に追い抜かれた林は試合で無様に負け、そっと逃げるようにしてジムを去るのだ。こうして一握りの勝者の後ろには、夢を諦めてしまった無数の敗者の屍が横たわる。それは残酷だが真実だ。夢は諦めた時点でもう二度と微笑むことはない。

 劇団ひとりは同じ芸人としての視点で師匠と弟子とを見つめる。古く寂れたエレベーター内で、師匠が初めてタップを踏んだ時の雷に打たれたような衝撃はその後のたけしを形作るし、戦争で大ケガした手に皆がビクつき一切触れない中、たけしだけはそのタブーを犯すのだが、そこに師匠との仄かな人情が感じられて微笑ましい。どう考えてもビートキヨシよりは器用なナイツの土屋伸之も思いの外、役柄にハマっている。更にこの当時を語る上では外せない東八郎も僅かだが登場する。その反面、ストリップ嬢たちの描写が昨今のコンプライアンスは理解しているものの、随分と及び腰で寂しい。また千春(門脇麦)との心の通わせ方についてはもう少し深掘りしても面白かったような気もする。ちょうど二回りも年の離れた弟子の姿はやがてテレビで観ない日はなくなるが、光の当たらなくなった男の人生とはいつも寂しい。映画はたけしが劇場を去った後、彼の幻影さえ掴めなくなった不器用な深見千三郎の姿にスポットを当てる。劇団ひとりと二度目のタッグとなる大泉洋の演技は若干、渥美清の声色を真似たようにも思えて思いの外好演している。あの首を傾げる様子の多用は若干疑問も残るが、柳楽優弥も最初に出て来た時は本人と見間違うほどだった。たけしと深見の関係性においては、最初からもう勝者も敗者も無かったのだ。
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