Yoshishun

愛のコリーダ 修復版のYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

愛のコリーダ 修復版(1976年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

愛人を絞殺し、男性器を切り取るという残虐さから、昭和三大事件の1つとされる阿部定事件。このスキャンダラスな題材を、出国してまで完成させた大島渚執念の問題作。

女郎として働く定のもとに、突然現れた夫婦。その夫・吉蔵に一目惚れした定は吉蔵に近づくも、吉蔵自身も若い定に魅せられ情事に励む。ついに密かに駆け落ちし、結ばれた二人は、宿泊先で体を交わし続ける日々。ある夜、定は一線を越えた快楽を求め、吉蔵もそれに応えるものの……。

まだ日活ロマンポルノ、AVのない時代に製作された日本初のハードコアポルノ。日本では大幅な修正を加えられた不本意な形での公開、さらにシナリオ本が猥褻物として裁判沙汰になるなど、映画の内容以外の部分で話題になったように思う。2000年にようやくノーカット版が公開されるも大胆なモザイクが施されたままであり、日本では現在に至るまで無修正版を鑑賞することはできない。そのため、残念ながら本作『修復版』もモザイク箇所はかなり多い。

先日鑑賞した大島作品『戦場のメリークリスマス 4K修復版』と同様、アプローチは違うものの、その時代に生きた人々を生々しく描いている。男性キャストが殆どだった戦メリとは対照的に、藤竜也以外はほぼ女性キャストで構成された本作。加えて、軍隊の行進とは逆方向に歩む吉蔵のように、常に死の匂いがする時代観が潜んでいるのも確か。

吉蔵や定といった主要キャラクターたちも、その背景は全く語られない。ただ本作については、むしろ語らない方がいい。観客は既に阿部定事件という事前知識を得た上で鑑賞することになるので、余計なバックボーンを語るより、何故あんな凶行に至ったかの経緯を鮮明に描き出す方がずっといい。それもあり、本作は7割方セックスシーンで構成されており、愛の極致を余すことなく炙り出す。

恐らく、二人の愛の極致というのは、セックス以上でもそれ以下でもない。セックス以上の快楽は最早死して得られるものだということなのかもしれない。愛人のためならどんなことでも寛容な吉蔵も、終盤ではそれを受け入れ、定の思うように行動させた結果、あの歴史的大事件を引き起こしたのだろう。

大島渚の美的センスも相まり、ただの変態映画として片付けるには余りにも酷。当時を再現したような風情漂う舞台設計、衣装に至るまで美麗の極み。突然のゴア描写、そして実際館内から笑いが込み上げていた熟女セックスなど、エンターテイメントとしても優れている。個人的には、ほぼ全裸で全力疾走する吉蔵がツボだった。

確かにセックスシーンも終盤には冗長に感じるし、倫理的にアウトなシーン(モザイクかかってても、男の子のアレを引っ張るのは可哀想)も多め。勿論、人によっては主要二人の背景が語られないことに疑問を覚えるだろう。

それでも、大島渚監督最大の問題作に相応しい愛に満ちたエンターテイメント作である。この時代に本作を大画面で堪能できたことは一生の思い出になると思う。あとはいつか、規制の完全に排除された、監督の望む完全版の愛のコリーダを鑑賞できる日を待つ。
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