ヤマダタケシ

薄氷のヤマダタケシのネタバレレビュー・内容・結末

薄氷(2021年製作の映画)
2.8

このレビューはネタバレを含みます

2021年2月 Netflixで

・なんかこのお父さん見た事あるなぁと思ったら、同じNetflixオリジナル作品『その住人たちは』の主演の人だった。『その住人~』が割と微妙な映画だっただけに、この時点で個人的には不穏な空気が漂っていた。

【次から次に変わって行くジャンル】
・今作がスゴイのは、とにかく次から次に物語が展開し、一作の中で全く異なるジャンルの要素を見せているという事だ。
⇒冒頭は得体の知れない囚人(その内ひとりは暴力組織の幹部)の護送という、ある意味『ボーダーライン ソルジャーズデイ』のような感じではじまり、
⇒護送車が襲撃を受けてからは、護送車それ自体をひとつの密室にし、それぞれ正体が分からない囚人たち+警官による『ソウ』のようなソリッドシュチューエーションになっていく。気づいたらよく分からない施設にいて、というようないわゆる『ソウ』のような話は、その状況自体に説得力を持たせるのが大変だと思うのだが、今作の、そこにあった環境がアクシデントによって〝密室〟になるというのは中々すごいと思う
⇒例えばフィンチャーの『パニック・ルーム』とかはそれに近いことをやろうとしていたと思うのだが、今作がスゴイのはその密室自体が動く事によって状況が変化し、結果として箱の中でミッションが発生。生き残ろうとする人たちが犯人の指示によって、そこにある道具を使ってそれらを解決しなければいけなくなるという事だ。
⇒そして、最終的に護送車が沈んで以降は主人公の中の正義自体を揺さぶる様な善悪の人間ドラマになっていく

 ただ、正直こういう風に書くと確かにこういうドラマだったのだが、全てにおいてその
要素が薄く、異なった雰囲気の展開に変わって行くことは見事なのだが、その展開に繋が
る事の説得力が薄く、かなり引っ掛かりを感じるドラマだった。

【ゆるい設定】
 まず設定としてゆるかった部分を列挙していくと
・最強の霧
 霧が出て来て以降、いきなり本部と無線は繋がらなくなり(犯人がジャミングしてたみたいな描写は無い)、主人公は近くで鳴っていた銃声に気づかない。
⇒なんとなく人気のない峠道だってのは分かるけど、その後まったくほかの車が通らない事に説得力が無いし、想定されてるスケジュール、ルートじゃ無く護送車が走ってるのに何の対応もしない警察は何なのだろうか?
・最強の犯人
犯人が護送車を乗っ取るまでの描写が省かれている(その間に犯人は護送車を止め、ひとりでパトカーを破壊し、警官一人を瀕死に追い込む)。あと乗っ取りの終盤、明らかに複数の地点から運転席に向かって銃弾が発射されるのだが、あれはどうやったのか?
⇒どこかで、例えば犯人が元特殊部隊で~とか出てくればまだ納得できるのだが、さっき 
 の霧も含め、あまりにもあいまいな力技によって護送車が乗っ取られてしまう

【動機が薄い】
 そしてそもそも人物の描写が徹底的に薄い。こういう話って、閉じられた密室の中で次
第に犯人たちの過去や性格が明らかになって(それこそ前半部では凶悪犯のようなイメージ
だった人物が実はとても優しい人物だったみたいな)みたいなのが楽しみだと思うし、今作
もそれをやろうとしていたと思うのだが、いまいちそれがハッキリしないまま次々に展開
してしまう。
 その中でも特に引っかかったのが、護送車が襲撃された瞬間に「脱獄しよう」という意
思の元ほぼ一致団結する囚人たちで、しかもその中心人物の動機が〝バーを開きたい〟と
いうものだからだ。脱獄したら身を隠さなきゃいけないし、簡単にバーとか開けないと思
うのだが、彼はバーを開きたいから脱獄する。他の囚人たちもすぐ脱獄ってなるのだが、
普通脱獄して追いかけられながら暮らすリスクより、ある程度の刑期ならそれを全うする
方が良いと思う。脱獄ってなるからには、例えばこのまま刑務所にいたら誰かに殺される
とか、余命幾ばくもない大切な人が外にいるとかそういう動機が少なからず必要だと思う
のだがそれが無く、囚人=脱獄したがるみたいな感じになってしまっている。

【法律では捌けない】
 この動機がいまいちよく分からないというのは最後の人間ドラマにも通じる部分だった。
 今作のドラマ的なテーマとして〝法律やルールが正しい〟と考えていた主人公が〝ルー
ルでは裁けない悪の存在に対し、自らの判断によってそれらを裁くようになる〟というの
があったと思う。ただ主人公がそこに至るまでの感情の動き、蓄積がイマイチよく分から
ないのだ。
 普通であれば、ここに至るまでの護送車内でのハプニングによって主人公の善悪の基準
が変わり(囚人の中にも善人はいる、など)、それによって最後の決断になるとかそういうの
があると思うのだが、

・最後の最後になって犯人が、囚人の起訴されていない犯行によって娘を殺された男で、その罪状を無かったことにしようとする囚人によって隠された娘の死体を探しているということが分かる。

 この急に出てきた真相によって、同じく二児の父親である主人公は激怒。プラスして、
さっきまでおびえてたのがウソのように囚人も全力で悪態をつき始め、主人公は無抵抗の
囚人に銃弾を浴びせる。
 一応、彼が犯人に共感し、それを行うのは分かるのだが、なんだが急な気がするし、彼
のそれまでの倫理観を変える程の感情の蓄積があったようには思えなかった。
 また犯人も、娘の遺体の在り処を聴き出すために犯人の生存はマストなような雰囲気を
出しておきながら、護送車が沈む時はあっさり立ち去るし、コイツはコイツでイマイチ動
機が分かりづらかった。

 ジャンルが次々に変わる様なスリリングさはあるのだが、その設定や状況、登場人物た
ちの心情がフワフワしてるせいで、それっぽい何かをずっと見せられた感じ。