うえびん

こんにちは、私のお母さんのうえびんのレビュー・感想・評価

こんにちは、私のお母さん(2021年製作の映画)
3.9
親の心子知らず

2021年 中国作品

中国で活躍する人気喜劇女優ジア・リンが、自らの母との実話を元に創作。2021年中国の最高興行収入900億円を記録したそう。

娘のシャオリンと母のホワンイン。何をするにもダメで母に苦労と心配ばかりかけていた娘が、突然巻き込まれた交通事故をきっかけに20年前の1981年にタイムスリップする。よくある展開だけれど、後半は意外性もあって最後まで楽しめた。

ゴム飛び、ポン菓子、人民服で自転車を漕ぐ人々、ぎゅうぎゅう詰めのバスなど、1980年代の中国の市井の人びとの生活の様子が垣間見られて興味深かった。劇中に出てくる『廬山恋』というモノクロ映画は、文化大革命(1966-1976)の後に上映された初の恋愛映画で初めてのキスシーンがあったのだそう。

民主主義国に対する偵察気球やウイグル自治区での強制労働など、中国共産党の奇行や蛮行がメディアを賑わせている。また、中国恒大集団のデフォルトや共産党によるアリババ叩き、ゼロコロナ政策など、経済・社会面で混乱している様子も耳にするけど、それが中国の市井に暮らす一般の人びとの生活にどのような影響を与えているのかを窺い知る機会は少ない。

それを知りたくて、最近、芥川賞作家の楊逸(ヤン・イー)さんの書いた『中国仰天事件簿』(WAC)を読んだ。


中国の街角や公園などで、小さい子どもが遊ぶのを見守る老人をよく見かけます。30代40代の息子娘に変わって孫の世話をするのは中国人の伝統で、とりわけ近年企業の定年は50歳に切り上げられ、物価の高騰によって若夫婦が共働きしなければ生活が立ち行かないという実情も後押しして、赤ちゃんが産院から祖父母の家に直行することも増えているそうです。
 中国に限らず、日本の公園でもたぶん、――よちよち歩きでボールを追いまわす孫が突然転んでしまった、という風景が一日何度か見られるでしょう。
 どうなるか?
 中国の場合はきっと、近くで井戸端会議をしている大人の一団から、一人の老人が顔色を一変して大慌てで駆け寄ってくるでしょう。そう、子の祖父母です。彼(彼女)にとって大事な孫が転んだのは「大過失」です。
「あら宝々(ベビー)、大丈夫?痛くない痛くない……」
 キャッキャッと笑っていた子どもは、緊張の面持ちでこちらの体をあちこちなでながら、なだめるお婆ちゃんを観て、「は、ここで痛いのをアピールしなきゃ」と突然悟ったかのように泣き出します。
「よしよし宝々泣かない。悪いヤツは誰、ほお、この石なのか。打ってやるから宝々泣かない……」
 そう言って、老人は拳を握った手で地面の石を打ち叩いて、「こいつ、なぜうちの宝々を転ばせたのか?バカヤロー。今度またやったらただじゃすまさないぞ」などと怒鳴って、宝々に見せます。
 宝々が自分で転んでも石のせい。家で椅子から落ちたら椅子のせい。電車の中で誰かにぶつかったら相手のせい。宝々を痛めつけるものや人間を打ち叩いて怒ってやるのです。宝々は何をしても良い。自分が悪いとか自己責任だとか、彼らの成長過程においてそう認識することはない。
 「自分は世界の中心だ」という環境で大人になる。▲

“この背景には「一人っ子政策」(1979-2014)なる呪いも響いているような気がする”とヤン・イーさんは言う。本作は一人っ子政策が始まって間もないころのジア・リン監督の記憶がベースとなっている。だから、まだ呪いはかかっていないんだろうか。

「いつまでも健康で幸せに…(祈)」
子を想う母の愛は、古今東西、万国共通だなぁと思う。そんな作品が国民的大ヒットしたということは、きっと中国の市井に暮らす一般の人びとの多くは、一党独裁の政治体制やグローバリズム経済に翻弄されながらも私たちと同じように、一日一日を大切に、家族の幸せを祈りながら生活しているのだと思う。

中国(国家)ではなく、中国という国に暮らす人(中国人)を知ることができる良作。〇
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