Koshii

こちらあみ子のKoshiiのレビュー・感想・評価

こちらあみ子(2022年製作の映画)
3.8
『応答せよ、応答せよ。こちら〇〇』

104分とは決して思えない程、長い映画だった。心がもたなくなるほど残酷で苦しいシーンが多かったから。でもそれは、あみ子を描写するために絶対必要で、僕達はゆっくりと、敢えてゆっくりと咀嚼するべきだったのだから、長く感じることは正しいはずだ。

劇中で登場する片割れを失ったトランシーバーのように、あみ子の想いは常に一方通行であった。伝えたいこと、伝わること、伝えても理解できないこと。

あみ子は普通の子になれなかった。生きるために生きてるだけなのに。

今を懸命に生きているのに、弾かれる。

真っ直ぐに前を向いて生きているのに、踏み外す。

思いやりと優しい心は、煙たがれる。

その理由すら分からないから、なおさら。



以下ネタバレを含みます。












普通に生きることがどんなに難しいか。もちろんそれは内的要因だけではない。生まれてこれなかった妹の存在。荒れてしまった兄。変わっていく環境達。このような外的要因ももちろんある。でも。


あみ子のような子供もいれば、「普通」になりきる術を探しながら個性を殺して生きる子供もいる。

それが下手くそならば、大人は見抜いてくれるから大した問題は無い。でもそれが上手い子がいたら?息をするように自分を誤魔化して、優秀な子のパッチワークみたいに生きている子がいたら?
白線のそのまた内側の白線を、さも線を気にしないように歩く子。

自分の感情すら、この場で適切なものを選んでから顔に出す子。でも唯一笑う時だけは正直な子。

それは、これを書いている僕だ。この作品を観て、どきりとした僕だ。あみ子と正反対に生きてきた、生きてしまった僕だ。

かつての僕をこの映画に見る。
でもそれはきっと「僕ら」だ。

「普通」を普通に受容して生きれた人。取り繕って、苦悩して生きれた人。あみ子のように弾かれながらも懸命に生きた人。

この作品を上手く飲み込めた人は恐らくいないのでは無いか。


もうどうにもならないほどに崩れてしまった一家。それでもあみ子への愛は守られた。
不良グループとつるみ、荒れた兄も、あみ子のお化けをやっつけた。そしてそのお化けが残した生命も遠く放った。こんなにも優しい兄はいないのでは無いか。

弟のお化けと言い張り、背中をひっぱられ続けた父の背中も、暴力に出ることは無かった。優しく秘密を打ち明けた。

だから、決して、あみ子は家族からは弾かれなかったと思う。

残酷なその後があったとしても、それだけが救いで、希望だ。

『応答せよ、応答せよ。こちら〇〇』

追記、しばらくしてから、原作も読みました。
映画の方がしんどいね。物語が進むスピードを調節できないから、なおさらじりじりと胸を締め付けられるね。
Koshii

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