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ディア・エヴァン・ハンセンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.1
 これ程、予告編と映画本編とが乖離している映画も早々ないだろう。ミュージカル版の存在も知らなかったので、正直言ってまったく期待していなかったのだけど、予測不能な展開には心底唖然とさせられた。だが東宝東和の宣伝担当も、いったいどの切り口で今作を描けば良いのか相当苦慮したに違いない。現に私もネタバレせずに今作について語ることは極めて難しい。まず「ある嘘」をきっかけにしたという端緒が微妙に違っていて、どうしてその嘘をつかねばならなかったのかの大前提が抜け落ちている。退屈な学生生活を送るエヴァン・ハンセン(ベン・プラット)は、可愛いギタリストのゾーイ(ケイトリン・デヴァー)に恋しているが住む世界が違い過ぎて簡単に声などかけられない。シングルマザーで看護師のハイディ(ジュリアン・ムーア)とはなかなか時間が合わず、ろくに会話も出来ていない。校内にいる友人は母親同士が友達のジャレッド(ニック・ドダ二)くらいで、明るいキャンパス・ライフなど望むべくもない。モテない男の子が美少女に恋をし、やがて奇跡のような恋が成就する話なら男の夢の具現化だし、現にそのような甘い展開の物語を予想していた私にとって、映画はいきなり厳しい現実を突き付けるのだ。

 「嘘から出たまこと」とはよく言ったもので、気まずい状況にあわせて主人公がついた嘘が思いもかけない拡がりを見せる。そこに悪意などないが、悪意のない嘘ほど問題なのだ。SNSが必須となった現代においては、地球の真裏で起きた出来事すらも簡単に可視化される。それが狭い町の出来事ならば猶更で、あっという間に拡散され、一度広がってしまえば簡単には引っ込みがつかない。そうでなくても人は美談を愛する。それが胡散臭い嘘でも泣ける美談なら猶更で、人間の情というのは美談を簡単に信じてしまうらしい。更にそこには遺族の美談を夢想せんとする認知バイアスが働き、物事を歪めてしまうから恐ろしい。途中から主人公の付いた嘘がいつ誰によって暴かれるかが気になって肝が縮む。住む世界が違うと思っていた2人は家柄も経済力も何もかもが違う。母親のハイディは息子がが毎週きちんとセラピーに通い、バイトして学費を貯めることを望み、校内の理解者たちは美談を具現化しようと気ばかりが逸る。彼の居場所は彼にとっての本当の居場所ではない。そこに彼がいること自体が違和感で、わかっていても主人公の付いた嘘の代償を観客として受け止めるのが大変辛かった。

 ミュージカル版に引き続いて主人公を好演したベン・プラットも素晴らしいが、世代的に両家の母親を演じたジュリアン・ムーアとエイミー・アダムスの素晴らしい演技に深く肩入れしてしまう。年頃の息子を持つ者の痛みと持たざる者の痛みとが交互に押し寄せ、強く感情を揺さぶられる。この2人の迫力だけでもう1本映画が撮れそうなほど完璧なキャスティングと、2人の母性のバランスの妙に大いに唸らされた。大ヒット・ミュージカルの翻案だが決してブラフではない。あまりにもほろ苦い人生の岐路だが、地に足の着いたティーンの人生はいま始まったばかりだ。
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