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英雄の証明のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

英雄の証明(2021年製作の映画)
2.5
[SNS不在のSNS時代批評…?] 50点

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。出品すれば受賞して帰ってくることで有名だったファルハディも、前作『誰もがそれを知っている』という観光映画でストップしてしまい、再び故国イランに戻って撮ったのが本作品。めでたく審査員グランプリを受賞している。イランの古都シラーズで、主人公ラヒムは借金を返済できずに投獄されている。保釈金を払って外に出て返済したいのに、保釈金を払えず、部分的な返済も認めてもらえず、何も出来ない。そんな中、婚約者ファークホンデが道端で17枚の金貨を拾った。二日間の休暇出所の際、二人はそれを売りに行くが、大した金額にならず、ラヒムは"カバンを発見した"と広告を打って持ち主に返すことにする。

本作品は、先に事実を提示して、情報を後から補完するという形で進んでいく。冒頭でいきなりファークホンデがカバンを持っているのには驚いたが、このスタイルに拘るために、卑劣な手段に対する悩み(つまり中間)が省かれてしまい、主人公がガチのサイコパスにしか見えなくなってくる。吃音の息子をお涙頂戴に利用したり、ファークホンデを偽のコイン受領者に仕立て上げたり、切迫感なく薄ら笑いを浮かべたまま突拍子もないことを上場もなくやるので、一番最初に感じるのは恐怖だ。当初非常に感じの悪い債権者に見えた元妻の義兄バハラムも、同様に小出しで情報が与えられることで、寧ろこちらに同情してしまうような構造になっているのは面白い。こういう話に対して度々引用されるこち亀の"不良が良いことをするとチヤホヤされるが、一番偉いのは…"というやつか。そして、ラヒムは小出しにされる情報によって、ただの短慮な男であることが提示される。

『彼女が消えた浜辺』『別離』時代のファルハディの特徴だった、ヒリつくような緊迫感などはなくなり、言い争いや困難な状況という外側だけが残った感じで、物足りなかった。SNS描写も"情報筋によると…"とか"これ流しといて"みたいな解像度低めな描き方で、当人たちの制御を超えてしまう恐ろしさみたいなのは全く表れなかった。裏を返せば、SNSでいくら炎上しようが、スマホを持ってなければノーダメージということか…?彼が英雄になったのはSNSによる恩恵もあるはずだが、誰もがSNS上での評判を気にしているのに全然登場しないので、議論そのものがフワフワしていて、ヌルいとしか言いようがない。"誰の評判を気にしているの?"というメッセージなのかもしれないが、切れ味はあまりよろしくないかと。

ファルハディはいつも私の好みドンピシャな女優を登場させるが、今回もファークホンデさんが素晴らしいので感謝してます。
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