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ニトラム/NITRAMのAPlaceInTheSunのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
4.8
【書き込み中】
コロンバイン高校銃乱射事件から遡ること3年前に、オーストラリア、タスマニア等で起こった、ポートアーサー無差別銃乱射事件。
この当時27歳の青年がなぜ、いかにして犯行に及んだのかを描く問題作。

本国オーストラリアのタスマニアでは、未だに口に出すのが憚られる衝撃的な事件とのことで、作品化図には反対意見も多数だったらしい。


コロンバイン高校銃乱射事件をもとにガス・ヴァン・サント監督が映画化した「エレファント」をすぐに思い出す。
日本においても連続殺人事件を題材にしたとされる「葛城事件」を挙げる事ができる。
断罪されるべき犯人の実像に迫る作品が何故作られてきたのか。社会制度や地域コミュニティや家族、それぞれが抱える問題を浮き彫りにする事にあるんじゃないだろうか。
作成の経緯から、語る際にもデリケートにならざるを得ない。被害者遺族の感情を逆撫ですることに成りかねないから。

過度に主人公の心情に寄り添った描き方をし、同情を集めるような作品になる危険性もあった。
しかし本作は、主人公の一挙手一投足を追っているが、一定距離を置いて描いているのでフェアな視点を持っているといえ、その客観的なバランスを最後まで欠いていない。

社会からのけ者にされ、相手にされない、少年時代から周囲から笑いものにされる様が序盤に示される。「ジョーカー」のアーサーに酷似しているが、後半に負のエネルギーが爆発する「ジョーカー」と異なり、主人公、母、父、ヘレンの主要登場人物4人の挙動を、近すぎず離れ過ぎず、誰か一人に過度に思い入れしないように、ドキュメンタリーチックに、淡々と着実に描く。

地域のどのコミュニティにも属せず父母しか話し相手が居なかった主人公マーティンが外部に接するきっかけとなったヘレン。
彼女もまた、大金持ちで居ながら、何匹もの犬とたった一人で暮らしている、中年女性。過去に生きる人。
マーティンとヘレンの孤独な者同士の一時の同居は暴力と破滅を匂わし続ける本作において数少ない安らぎの時間。

(ヘレンがマーティンに外部へ開くためのツールとして車が使われる。
同時に車が終盤の《決定的な出来事》を引き起こす事にもなることを含めて(あの出来事も中盤に伏線があり、上手い)。
映画演出として車の活かし方に目を見張るものがある)

マーティンを持て余していた家族が、ヘレンと同居することになり、家族の歪みや危うさを回避できたように思えた。でもそれはほんの一時の平穏。
マーティン、母、父、ヘレンの四人の絶妙なバランスのピースが一つづつ崩れていく様が、丁寧に描写されているだけに辛い。


本作は、前述した忌まわしい殺人事件そのものは描かない。
ただ観客はその事件と、その犯人が誰かを知りながらこの物語を見守る。
なぜこの人物があのような残酷な事件を起こしたのか。
その答えもまた、明確には描かない。
ただ、幾つもヒント(やその欠片の様なもの)を見付ける事が出来る。

遠因・近因、大小様々な原因が積み重なって悲劇が起きる。
この事件を契機にオーストラリアでは銃規制がなされるようになったという。
でも銃器が規制されている国々でも大量殺人事件は起こりうるし起きている。
そういった事件の背景を炙り出す機能としても、この映画は普遍性を持ち得ている。
本作が作られ、公開された事を自分は是としているし今後も社会がどう有るべきか真摯に考え続けていきたい。
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