ハナミズキ

流浪の月のハナミズキのネタバレレビュー・内容・結末

流浪の月(2022年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

2年前と昨年原作読みました。原作も読んでるし、監督やキャストの皆さんのインタビューも読んでいたから、映画を観る前から更紗の気持ちで頭がいっぱいだった。更紗は15年間、自分の気持ちをあまり考えないようにして、流されるままに生きてきた。セリフにもあったけど、好きだと言ってくれる人を好きになれば幸せになれるかもと。でも、文に会って、本当の自分を取り戻していく。それは亮から見れば、危険だし許せないこと。文と再会しなければ、更紗は亮と幸せになれたかというと、それはないだろうと思う。2人はまるでジェンガのようで、ちょっと何かあればバランスが崩れそうだった。「私の何を知っているの」と亮に言う更紗だけど、更紗もまた、一緒に暮らす亮を知ろうとしてはいない気がする。最後、「私もあなたにひどかったね」という更紗。それで亮は救われたのかな。原作の亮はひどいまま。映画は、観ている方もほっとした。谷は原作とは違っている。原作では彼女もまた悲しみを抱えていた。映画ではいわゆる普通の人。文の気持ちはずっと語られない。最後のみ。それがせつない。
現在と過去が絶妙に入り混じって、文と更紗の関係を見せてくれる。観ていて、白鳥玉季ちゃんが救いだった。たとえ本人の意思だとしても、誘拐になってしまうのはしかたがない。文も知っていたはず。更紗の心の傷はいとこの性的虐待のせいなのに、それを言えなかった。更紗は文の人生をめちゃくちゃにしたと思っている。更紗も、文も、亮も、今は近くにいない母親に苦しめられている気がする。更紗は自由奔放な母と優しい父と常識的ではない、でも最高に幸せな毎日を送っていた。それが父の死によって崩れ、悲しみに耐えられない母は、外に、新しい幸せを求めた。残された更紗は厳格な伯母のもとで、耐え難い日々を送っていた。文は、身体的なことはもちろん辛かったけど、それよりも、母に拒絶されたことが大きかったのだと思う。亮の母は、亮を捨ててほかの男と逃げた。そのことから、愛情に飢えて、過剰に欲して、束縛するようになっている。更紗の父はなくなっているけど、文も亮も、父の存在がうすい。
登場人物皆の幸せを願う。映像が美しくて悲しかった。音楽が素晴らしいけど、音楽でない生活の音がまたよかった。
それぞれの気持ちをいろいろ考えてしまう。許せないのは、直接関係のない人たちの、無責任な正義感。ネットや雑誌。自分の身に置き換えて考える。そんなことしていないかなと。それがなければもう少し生きやすいのにと思う。
原作は更紗と文のモノローグだから、2人の関係はすんなりと受け入れることができた。誰も知らないところに行って、ばれて騒がれたらまた違うところに行けばいい。そんな強さも持っている更紗が心強い。更紗は文に救われた。文は、母の教えのとおりの正しいことだけをしてきたけど、そうじゃなくてもいいと教えてくれたのが更紗。
原作を読み直して、もう一度映画を観に行きます。
2回目鑑賞。原作を再読して分かったことが多い。文が10歳の更紗の唇に触れるところ、どんな気持ちなんだろうか思っていた。特に何事もなかったようにごめんで終わっている。原作によると、触れることで自分に性的に欲望がわかないかと思っての行動だったけど、それはなかった。ロリコンになってしまった方が自分が救われると思っていた。それでも、文にとって更紗は自由の象徴として、大事だったということ。大人の女性を見ると自分の体の未熟さを思い知らされて辛くなるから、小さい子を見ていただけ。谷と一緒にいる文を見て、更紗は心からよかったと思っていた。体での愛情表現が苦手な更紗は、恋愛をすることはやめて、文と一緒にいることを選んだ。
好きになってくれた人と一緒に生きていこうと思ったけど無理だった。亮は過剰な愛を求めて束縛し、暴力的になってひどかったけれど、更紗もまた、本気で亮と向き合っていこうとはしてなかった。それに気づいて亮に謝る更紗。どんどん自己嫌悪に陥る亮が切なかった。原作はひどい亮のままだと思っていたけど、そうではなかった。謝ってもう付きまとわないと言っている場面があった。記憶に残っていなったけど、父親も出てきていたけど、映画の伝わる。
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