幽斎

ロスト・ボディ ~消失~の幽斎のレビュー・感想・評価

ロスト・ボディ ~消失~(2020年製作の映画)
4.0
世界最古にして最大のファンタスティック映画の祭典「シッチェス映画祭」。1968年に創設された頃はアンダー・グラウンドな作品が多かったが、監督のソノ後の躍進振りから最大のマーケットのハリウッドも無視できない。町興し的な感覚で始められたが風光明媚なスペインのバルセロナに有るリゾート地。シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2021。アップリンク京都で鑑賞。

エントリー作品は既に「BECKY ベッキー」「呪術召喚/カンディシャ」レビュー済だが、Kike Maíllo監督は既に美少女アンドロイドを描いた「EVAエヴァ」ゴヤ賞新人賞を獲得してるが、シッチェス映画祭にカムバックした事で話題を呼んだ。今年のラインナップでは一番メジャー寄りの作品だが、本作には原作が有るので改めて紹介したい。

原作者Amélie Nothombはベルギーを代表する国民的作家で現代フランス文学の第一人者。彼女は日本と縁が深く父親がベルギー大使館勤務で日本にも大阪総領事に就任して5歳まで神戸で暮らす。ブリュッセル自由大学卒業後は三井物産に1年勤務してベルギーに戻り「殺人者の健康法」作家デビュー。日本での体験を書いた「畏れ慄いて」フランスで50万部を越えるベストセラー、アカデミー・フランセーズ賞。但し日本に対する誇張が過ぎると猛烈に批判され、日欧関係の悪化を懸念する父親が大使の任を解くのを待って発表。彼女の家系は名門貴族の男爵家でも有る。

2001年に発表された「Cosmétique de l'ennemi」が原作。直訳すると「悪魔の化粧」だが、内容は無意識の内に完全犯罪を犯した。しかし、犠牲者を除いて誰も見た者は居ない。全ての話は空港のホールで完結するが、出張中の男性が遅い飛行機を待っていた・・・。残念ながら日本での出版が無く、アメリカのサイトでも電子書籍が無く、私はフランス語が分らないので友人に頼んで翻訳して貰った。作品は既にブリュッセルとスイスの劇場で公演済みで、本作が初の映画化。

原題「A Perfect Enemy」だが、邦題は2013年に同じシッチェスで一世を風靡したOriol Paulo監督「ロスト・ボディ」を彷彿と「させない」(笑)。原作とは設定が細部に渡り変更され、原題通り「完璧な敵」をプロットに据える。どんな攻略を試みても何時の間にか手からスルリと滑り落ちる、私の好きな食べ物で言えば「鰻」にも見える。登場人物は実質2人だけ、ジェレミーはテセルの手の上で転がされていく。粘着質に語り掛けても、絶妙な会話の切り返しで真実を掴む事は難しい。イヤらしい雰囲気が空港と言うサムシングな空間で試される。私は完璧主義者Perfectionismには全否定の立場だが、他人にコントロールされ疑似的に不安感を煽るシステマチックが描かれる。

【ネタバレ】ネタバレに敏感な方の為に一旦セーフティを設けます【閲覧注意!】

原作「悪魔の化粧」(直訳)が結構な胸糞で、スリラーが専門の私も些か辟易しちゃう。映画に例えると「ファニーゲーム」が楽しめなら、お薦めかも。フランス版とジャケ写も同じで、よく有る詐欺では無い。「灰色の沼に埋める」その様なシーンは有るのでご安心を。空港のラウンジ~のプロセスが、どの様なシチュエーションに辿り着くのか興味の湧いた方は覗いて欲しい。良く言えば斬新な展開で埋まって逝く事に驚くだろう。

シッチェスなのでホラーを期待される方も多いだろうが、本作は正統なスリラー。ミステリーの中でもツイステッドなファンダメンタルズに属する。脚本もウェルメイドと言う表現に値するが、綺麗に纏まり過ぎてるのが引き算に感じる点も有り、シネコンで一発勝負は厳しく、ミニシアターでは訴求に乏しいのでファンタ特集で十把一絡として見ればイケる、未体験ゾーンの映画たちと同じ吊り橋効果も悪くない。

Tomasz Kotは「COLD WARあの歌、2つの心」物静かな演技で注目されたが、本作では「静→動」アクションへ転換するのが見所。それを引き出したAthena Stratesは、日本では無名だが、レビュー済「グッドライアー 偽りのゲーム」ロー・クレジットで長編デビュー。虎柄の服を纏い、鋭い眼光で見つめる彼女には魔性の香りも漂う。会話劇はスリラー的にはヒット&アウェイのお手本で、私が例えた「鰻」の様にヌルッと相手の心に侵入する。高度な会話合戦は格闘技倶楽部にも見える(意味深(笑)。

レビューによく来てくれるフォロワーさんを見てグリーンティーを吹きそうに。私の半分以下のスコアでブチ切れ気味。まぁ女性が女性の「ウザい話」が大嫌いなのは万国共通だが「私は世間話が嫌いなの。要点だけ話してって…こっちのセリフだから」ご立腹の御様子。もうお一方も「凝ってるようで鼻につくだけの駄作」とバッサリ。女性でスリラーを見慣れてる方、地雷の恐れも有るのでご注意を(笑)。

物凄く言い難いんだけどアメリカのオーディエンスは悪くない。ヴィジュアルはスペイン/ドイツ/フランスが参加してるので綺麗、伏線も丁寧で肝心の謎解きも初心者にも判り易く、88分とコンパクトなので無駄を削ぎ落とし、オチもシャープに決まるけど、プロダクションも空港模型とか枯山水も印象的。ミステリーの場合「自分しか知り得ない情報」を一瞥も無い他人が知ってる場合、着地点は推理の枠を超えない。Paris Aéroportのロケは初めて見たが、原作と異なり伏線と回収のブレンドがビギナックで、ネタバレ全開の邦題には失望感しかない。

攻撃的に怒り出した時点で、彼の娘だと簡単に分る。なぜ女性で、なぜあの年齢で、なぜパリに現れたのか?。完全犯罪を成し遂げても罪悪感は残る、それは時間の経過と共に薄れる所か増幅するのは深層心理の一般的なスタンスと被る。罪の塊として「完璧な敵」と対峙するのは過去を忘れたい「悪魔の化粧」の父親。罪の追体験をした彼は、もう完全主義者でなく、2度と真面な精態には戻れない。オープニング直後に描かれたコンクリートに彼もエンドロールで精神的に閉じ込められた。そう、娘の復讐は果たされたのだ。

ウザったく眺めたんでは楽しめない。新しい視点からのプロットの掘り起こしは悪くない。
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