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ある男のhiepyonのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.3
※原作未読

『ある男』というひとつのタイトルが無機質なゴシック体からしっかりとした太めの明朝体へと気づかないうちに変化するオープニング。
エンドロールを目で追いながらこの演出を思い出し秀逸だなあ、と感じ入った。

大好きな安藤サクラさんの表情を観察するだけでもこの映画を観て良かった、と思う。子どもが使うような文房具を無造作に手に取りながら口を真一文字に結び、溢れる涙を堪え切れない女性。冒頭このシーンだけで何があったのかを察することができる。

そしてこの映画の中では子どもたちが驚くほど生き生きと輝いている。是枝監督作品とは似ているようでまた違う。私は食卓に並べられた焼きたてのウィンナーの気持ちで家族団欒を微笑ましく見守ることができた。

ありのままの自分が解らない、解っていても自分自身を受け入れられない、他人や社会に受け入れてもらえない。現実と向き合えば向き合うほど孤独感は募る。この映画に登場する人物は殆ど皆そうだ。
「個性を大切にしよう!」なんて厚かましく叫ぶこの日本で、このテーマを扱って映画として表現することそのものが本当に凄いことだ。

だからこそ、安易に社会問題と結びつけてほしくなかった。この映画の中ではおそらく明確なメッセージ性を持っていくつかの社会問題が間接的に議論されているのだけれど、着眼点の多さがゆえにかえって受け取り手の想像力を狭めてしまっている気がした。(ただ、小見浦の台詞には考えさせられるものがあった。彼はただの冷酷な老人ではない)

この作品はもはや社会の問題を超えて、ひとりの人間がどう人格を形成していくのか、どうやって自分を赦していくのかという苦しくも崇高なテーマに焦点を当てている映画だと思うので、もっともっと煮詰めて濾過して、ゆっくりと味わいながら自分の頭でしっかりと考える作品であれば尚のことよかったな、と思った。

とはいえ、それぞれ異なる境遇で一貫したテーマの下に思い悩む人物達の心の機微が手に取るようにわかり、観客の私たちもしっかりと傷つきながらも前を向くことのできる良い映画でした。

役者さんたちの演技が総じて本当に良かったです。だいすきな安藤サクラさん、お歳を重ねるごとに本当に素敵な女性になられていて、見ているだけで涙が出てきてしまう。
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