いぬちゃん

ある男のいぬちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

ある男(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

見終わった直後は、谷口大祐(本物)の過去や、曽根崎義彦(本物)について教えてほしいなと思いましたが、この映画のテーマはその人物が何者なのか、どんな過去があったのかは知る必要がないのではと改めました。

名前が変わっても、中身が変わるわけではない、
その人はその人自身だから。

里枝は最初、夫が全く名前の違う別人だったと分かった時、一体誰の人生と生きてきたのでしょうねと言いました。でも、真実が分かると、「夫が誰かなんて知る必要はなかったのかもしれませんね。あの人と一緒に過ごしてきたことは事実なんですから」と言います。
結局は、名前というのは形式上のものでしかない、それを人間はあたかもその人自身そのものだと思い込んでいるのではないでしょうか。
だから名前が変われば、全く性格も違う別人になったと思い込んでしまう。でもよく考えてみたら、別にそんなことないなんてね。。

その夫は死刑囚の息子という立場。でもその人はその人自身。死刑囚の息子だから、性格が悪い、乱暴な人とかそういうのは確定できない。だけど、人間は脳が発達してしまったから、ああこの人も何か自分に害を与えるのでは、犯罪を犯してしまうのではと考えてしまう。ただの思い込みと偏見でしかないのに。こう言った世の思惑が、新たな犯罪を引き起こしたりもする。そして、この男は名前を変えて別人として生きる道を選んだ。名前を変えたところで中身は変わらない、だけど名前だけで別人だとみんなが思ってくれるから。

多くの人間は名前や国籍、アイデンティティに囚われている。自分は自分自身でしかない!と思い込んでも、周りの人の目がある。ああいう人はこういう人だという偏見に囚われて判断される。だからこそ、名前を変えて、別人として生きていくことに開放感がある。

弁護士の城戸も、日本人に帰化しているとは言え、在日であったため、どこかで孤独を感じていたのかもしれません。だからこそ、名前を変えた男達のことが気になり、自分も違う人間になれるのかなと期待してしまいます。
城戸は、奥さんから、そんな人のことなんかどうでもいいじゃない!なんで人探しなんてしてるの?と聞かれ、現実逃避かなと答えます。
要は、名前を変える男達を探していると、孤独を感じている現実から離れて、男達の思いに共感でき、嬉しくなってしまうのではと思います。

でも、奥さんのことも大切だから、人探しが終わったら、家庭に戻ろうとしていた束の間、奥さんの不倫疑惑があがります。

最後、城戸は名前を変えたのか否か。
はっきりと答えは示しませんでしたが、
きっとそうだと思います。

最後の演出はとても痺れました。
ルネ・マグリット 『複製禁止』の絵が最初と最後に2回現れます。名前の同じ人物を作ってはいけないということでしょうか。
最後、城戸の後ろ姿が重なって…他人と名前を交換したのではと考察させます。
面白い演出でした。