アンナ

ロスト・ドーターのアンナのレビュー・感想・評価

ロスト・ドーター(2021年製作の映画)
4.0
主人公レダの、晴れやかで清々しい笑顔から始まる映画。娘二人を育て上げた母親の久々な一人時間満喫のバカンス…というような幻想的な甘さはこの映画にはない。

目を背けられている、母親という役割を心から愛し真っ当できなかった女の苦しみを描き出した映画だった。

自分の時間もろくにとれず、怪我したところにキスをせがむ泣き続ける子供が、ほんの15分集中したい時に頬を無邪気に引っ叩いてくる子供が、どうしようもなく疎ましく思える彼女のあの瞬間瞬間を、母親失格だとか狭量だとか覚悟や愛情が足りない欠陥人間だ、母親ではなく女であることを選んだ、などと巷に溢れる意味不明な一般論で責める言葉はいくらでも思い浮かぶが、それらをひとつひとつ丁寧に潰していっている。
追い縋ってくる子供を愛しく思いながら、うざったくて仕方ないと思う葛藤。ビーチで出会った若い母親の子どもから盗んだ幼児人形で、あれだけ苦痛を感じた子育て時代をままごとのように再現するレダの悲壮感。

映画はこれまでどうしようもない人間のどうしようもない一日の尊さや絶望に寄り添い、描き出してきた。「私には母性本能がない」と語る母親について、これまではモンスターや加害者、あるいは酷く弱くて悲しい存在としてしか描いてこれなかったが、この映画で描かれるレダの姿は、ステレオタイプではない生きた一人の女性として表現されている。

劇中で、「注目は最も稀な寛容さ」というようなセリフが出てきたが、この映画はまさに母親になれなかった女性に注目し、それを社会向けに分かりやすく類型化したり変な物語を付け加えず、淡々と描写したものだった。

レダという人間を、わたしはとても好きになってしまった。

演技や演出も素晴らしいし、シーンの繋ぎによって、演技以上のものを感じさせる構成がものすごく巧み。とてもよい映画だった。
アンナ

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