ブラックユーモアホフマン

パワー・オブ・ザ・ドッグのブラックユーモアホフマンのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
4.7
悲しいなあ……。

ジェーン・カンピオン、今年『ピアノ・レッスン』を観たばかりで2本目だけど、登場人物の配置の仕方がやはり似てる。

二人の対照的な男と、そこに嫁いでくる女、そしてその子供。あと、ピアノ。

そして『ピアノ・レッスン』同様、やはり人物をとても複雑に描く。絶対に一面的には描かない。
本音と建前の擦り合わせに失敗してる人たちというか。皆、自分らしく生きられていない感じ。

物語は、分かりやすさやメッセージを浮き立たせるためにある程度人物を戯画化したりある決まった形に収めたりしがちだけど、ジェーン・カンピオンは恐らく意識的に複雑に描く人なんだなということが分かった。
これはちょっとクセがあって初見では飲み込みづらいかもしれない。でもこういう従来の枠組みに収まらない新たな語り口を開拓する作品こそ映画賞やなんかで評価されるべきだと思うので、銀獅子は納得だし次のアカデミー賞の監督賞はジェーン・カンピオンで決まりだ!

演出も撮影も編集も巧かった。恐らく元は長ーい話なのを、上手く省略して無理なく2時間に収めてたと思う。
ジェシー・プレモンスが店の手伝いをするシーンの後にもうすぐ結婚してたりとか、キルステン・ダンストがお酒をぐいっと飲むカットでその章が終わって次に繋がるのとか。

前半は、どうしてベネディクト・カンバーバッチが主人公なんだ?どう考えても彼は悪役で、ジェシー・プレモンスかキルステン・ダンストが主人公じゃないか。と思ったのだけど、それをひっくり返してくる後半。なるほどそういう話だったのか……。

結果、みんな幸せになって欲しい……と心から願ってやまない人たちだった……。

でも確かにカンバーバッチが一番気がかりになるキャラクター。弟のことを見下しながらも心配し、苛立ちながらも直接不満をぶつけることはできない。それで顔や態度には出して嫌がらせをする。でも決定的なことは何もしない。実はずっと暗くて寒そうなところに一人でいて寂しそうに見える。孤独で誰にも心を開けない。
その感じは説明されなくても前半から既に出ていて、嫌な奴なのにカメラは彼に寄り添うのが不思議だったが、後半にかけてなるほど、と。

メインキャストが4人ともとても良かった。『スパイダーマン』で改めて好きになったキルステン・ダンストも、その実の夫で最近は『ジャングル・クルーズ』で見たジェシー・プレモンスも。『アイリッシュマン』もそうだったけど、何も分かってないアホの役が似合う。
カンバーバッチとジェシー・プレモンスの共演といえば『ブラック・スキャンダル』。あのジェシー・プレモンスの顔面は素晴らしかった。

ジョニー・グリーンウッドの音楽が相変わらず素晴らしく、それもあってというわけではないが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』も想起した。本作のカンバーバッチの役はあのダニエル・デイ=ルイスにも通ずるような気が。愛の発露の仕方を知らない不器用で可哀想な男たち。

夫婦が夫婦役で共演している西部劇といえば『ミークス・カットオフ』もあったけど、本作のジェシー・プレモンスの役は元々ポール・ダノがやる予定だったとな。

あとなんとなく思い出したのは『ゴールデン・リバー』『3時10分、決断のとき』『バスターのバラード』『ジャイアンツ』『ワイルドライフ』とか。

惜しむらくは、劇場で観れば良かったなと。これは自宅のモニターではエモさ半減だな……。

【一番好きなシーン】
・キルステン・ダンストがジェシー・プレモンスに踊り方を教えるシーン。
・キルステン・ダンストのピアノの練習をバンジョーで邪魔するカンバーバッチ。サスペンス演出が冴えてた。