きざにいちゃん

アルピニストのきざにいちゃんのレビュー・感想・評価

アルピニスト(2021年製作の映画)
4.0
蒸し暑いのでエアコンの効いた映画館で壮大な山の景色を見ながら「おいど」がキュッとしまるような恐怖を味わおう(高所恐怖症です)と、アトラクションに乗るのにも似た思いで観に行っただけなのに、引き込まれ、心を鷲掴みにされた。

映画館でかかるドキュメンタリーは総じて質が高い作品が多いが、これはその中でも白眉である。
登山家はなぜ命懸けの危険な冒険を繰り返すのか。なぜ「単独登頂」に拘るのか、なぜ夏山よりも同じ山でもより危険な冬山に登ろうとするのか…そもそも本当に命なんてかける価値のあることなんだろうか。この映画は切々とそれに答えてくれる。

成功すれば英雄、失敗して死んでしまえば迷惑な厄介者。しかし折り合いなんて付けられない。その達成願望に、神々しい程の純粋なものがあることが伝わってくる。

主人公のマーク・ルクレールは社会や組織への適応が困難なADHDである。それゆえの尋常でない集中力や情熱、達成への渇望がある。天賦の身体能力よりもそちらの内面の力の方が大きいがゆえの偉業だと思う。
思えば歴史的な快挙というものはADHDの人々によって成し遂げられてきたことが多い。スティーブ・ジョブスしかり、エジソンしかり。常人は潜在能力の一部しか出すことが出来ないというが、彼らはそのリミッターが全く違う。
昨今、「自己責任」という言葉が寛容さのなさとして話題になるが、彼らは望んで自己責任を求めている。そこは曇りのある一般人ではなかなか分からないだけなのである。

言葉を重ねてもなかなか本質をうまく伝えられない。
一アルピニストのドキュメンタリーだが、人間という生物の持つ純粋で眩しい力を見せつけられる映画である。

もっとも素晴らしいところがに触れることはどうしてもネタバレになってしまうので触れないが、観て損をすることのない秀作だと自信を持ってオススメする。