ワンコ

マクベスのワンコのレビュー・感想・評価

マクベス(2021年製作の映画)
5.0
【キレイは汚い、汚いはキレイ】

冒頭の「Fair is foul , and foul is fair」は、シェイクスピアの戯曲「マクベス」のあまりにも有名な3人の魔女のセリフで、日本では一般的に「キレイは汚い、汚いはキレイ」と訳されている。

英語表現から異論もあるようだが、日本語の”汚い”には様々なニュアンスがあるので、この訳は非常に見事だと思う。

そして、この物語の不穏な行く末をあまりにもよく表している。

戯曲「マクベス」は、世界的にも非常に高い評価を得ていた蜷川幸雄さんの「NINAGAWAマクベス」が非常に有名で、この舞台を見たことがない人でもおそらく知っているような作品だと思うが、この映画「マクベス」は、蜷川幸雄作品をご覧になったことがある人にも是非観て欲しい作品だと思った。

「NINAGAWA マクベス」は、登場人物や場所はそのままの名称で、舞台設定や衣装は、日本の武家文化が花開いた室町や安土桃山時代の絢爛なものを彷彿とさせる豪華さだ。

僕は、蜷川さんが亡くなった後の公演も含めると、この作品を3回観ている。

この映画「マクベス」は、制作の「A24」的と言ってはなんだが、モノクロであることを考えても、絢爛さからほど遠く、衣装なども質素だ。
そして、建物は現代建築風だ。

だが、物語やセリフはシェイクスピアの「マクベス」、ほぼそのままだ。

だから、蜷川幸雄作品をご覧になった人には、その比較感も楽しめるように思う。

「キレイは汚い、汚いはキレイ」は、物語の、この世界の光と影、マクベスの栄光と転落、安心と不安という矛盾が同居している様を示唆しているのだ。

光あることころには必ず影がある。

自らの運命を信じることが出来ず、功を焦り、栄光と安心を求め、策略を巡らせれば、どこかに綻びが見つかり、更に、それを繕うために新たな策略が必要になり、そして、複雑化した策略を自ら支配することが出来ずに猜疑心が広がり、それは止まるところを知らず、栄光には転落を予感させ、安心は不安に変わって行くのだ。

これは、僕たちの世界も同じではないのか。

「マクベス」は、日本でも人気のシェイクスピアの代表的な戯曲だと思うが、蜷川幸雄さんの作品だけが理由なのではない。

下克上のストーリーや、因果応報、盛者必衰、無常などが、日本の歴史や仏教哲学に通じるところも大きな理由のように思う。

自分の運命を信じることが出来ず、功を焦り、あれこれ行動に移すが、実は、それによって運命はあらぬ方向に向いてしまう。

これは多くの人に共通した、人間の弱さや、抱える矛盾の表れではないのか。

この映画のオリジナル・タイトルは「マクベスの悲劇」だが、これは、僕たち多くの人間の悲劇のメタファーなのだ。

だから、この作品は日本のみならず世界中で人気なのだと思う。

紡がれる言葉の多くに、様々な示唆が感じられる。

改めてシェイクスピアの「マクベス」の凄さを感じると同時に、この映画「マクベス」の、映像の中に舞台を持ち込み、しかし、絢爛さを抑え、敢えてモノクロとすることで、演技や会話に集中させるような演出は、やはり、見事としか言いようがない気がする。

ジョエル・コーエン、デンゼル・ワシントン、フランシス・マクドーマンドに拍手だ。

※おまけ。また、魔女のセリフなんだけど、「Double, double toil and trouble; Fire burn, and cauldron bubble.(2倍だ、2倍。苦労も苦悩も。炎よ燃えろ。ぐつぐつ煮えろ。)」は、ハリー・ポッターでも使用されている有名なセリフです。
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