明石です

夜を越える旅の明石ですのレビュー・感想・評価

夜を越える旅(2021年製作の映画)
4.5
アルバイトで食い繋ぐ漫画家志望の青年。大学時代のゼミ仲間と旅行に出かけた先で、数年前に消えたはずの元ガールフレンドが合流。彼女が加わって以降、何かが狂いはじめる。「予測不可能スリラー」というジャンルを成立させたまさかの一作。これは凄い、、

前半は何気ないロードムービー、後半からは超絶ホラー!な展開に。大学で一緒に研究をした仲間だけど、みな卒業し、それぞれ別の場所で働く身。学生時代と同じように集まっても、学生時代と同じように盛り上がるわけではない。登場人物たちの人間関係が映画だということを忘れさせるくらいリアルで素晴らしい。誰にも経験があるこの感じ、見るのちょっと苦しいのにチラ見せずにはいられない。逆説的だけど、映画だというのを忘れさせるものこそ映画だよなあと思う。

漫画の賞に応募しながらバイトで食い繋ぐ主人公に対する周囲の対応が凄まじく現実的で、胃がきゅっとなった笑。「どんな漫画描いてんの?(興味ないけど礼儀として聞く)」「不条理ファンタジー劇かな」「えっファンタジーなんだ」「不条理だけどね」本人以外誰も気にしない細部を、本人だけが心の防波堤として大事に守ろうとしてる(「不条理」って言いたいのよね)、けど周囲にとっては本当にどうでもいいことで、だから会話は成り立っても、空気感が噛み合わない。ほかにも、「仕事はどうしてんの?」「ファミレスでバイトしながら漫画描いてる」とかもすんごい好き。「漫画描きながらファミレスでバイトしてる」んじゃなくて、「ファミレスでバイトしながら漫画描いてる」のよね。わかるなあ、その順序で伝えたくなる気持ち笑。世に認められていない漫画描き(もちろん漫画描きに限らず)は、世間から見ればニートないし良くてフリーターなわけで、その微妙なせめぎあいというか、自分は将来ある身なんだ!という主人公の心の叫びが、はんちくクリエイターの自分にはわかりすぎるくらいわかってしまうのでした。

しかしこの映画が本当に素晴らしいのは、後半以降、夜中に一人で見るのが怖いくらい真剣にホラー映画なこと。そこそこにはホラー慣れていると思っていた私でも夜中に再生を止めてしまった。亡くなったヒロインが鼻歌歌いながら瞬間移動で近づいてくるシーン、文章にするとお馬鹿っぽいけど、彼女の位置が変わるごとに鼻歌の音量が上下する演出が激怖でした。

フランスの作家ジャン·コクトーが言ったように「流行とは流行遅れになるもののこと」なので、こうした何者にも左右されない我が道をゆく映画は本当に貴重だと思う。「スマホを落としたら殺人鬼が!」みたいなことじゃない映画を作れる作り手は今後とも尊敬し、細々とファンを続けていきたい所存です。それにしても、本作もこの監督もなぜこんなに無名なのか真剣に理解できない。それくらいインパクトの強い一作で、こういう映画を作家がしれっと出てくるなら、Jホラー(もはやこれほどの作品の作り手には窮屈なジャンル分けかもだけど)も安泰だろうなと思う。
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