ジジイ

オッペンハイマーのジジイのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2
まだご覧になってない方々にひとつだけ言いたいのは、映画「オッペンハイマー」はオッペンハイマーだけの物語ではなく、彼を憎むルイスストローズ(ロバートダウニーJr)の視点の物語でもあるということだ。ルイスストローズとはアメリカ原子力委員会の委員長で、1947年にオッペンハイマーをプリンストン高等研究所の所長に抜擢した人物である。「時系列を整理しておくとオッペンハイマーが原爆開発に成功したのが1945年、小さな部屋で行われる査問委員会でスパイ疑惑(当時赤狩りが横行)を晴らそうとするのが1954年、ストローズが上院による公聴会(モノクロで描かれる)で質疑に応答しているのが1959年だ」。原子爆弾の1000倍の破壊力を持つと言われる水爆の開発に、戦後反対を表明していたオッペンハイマーはそのことで表舞台から姿を消す。3時間という長尺に原爆開発から政治的失脚までが順不同で詰め込まれていて、一度観ただけでは全く咀嚼できないのが正直なところだ。役者陣はみな素晴らしく、件の二人に加え、フローレンスピュー、エミリーブラント、マットデイモン、ゲイリーオールドマン、ジョシュハートネット、マシューモディーンなど脇に至るまで豪華な布陣となっている。日本人の自分としては完全に客観視することもできず、このもやもやした気持ちの整理がついたらまた追記します。





以下ネタバレです。





トリニティ実験の辺りから何とも言えない胸の痛みと息苦しさに襲われた。これまで原爆投下にまつわる、もっと直接的で悲惨な映像をテレビなり劇場なりで何度も観てきているのに、これほど苦しくて悲しくてやるせない感情になったのは初めての経験である。それはこのアメリカ映画によって初めて、厳然たる歴史的事実としての原爆投下を「我が事」として受け止めることができた、からなのかもしれない。同時に実験の成功を喜ぶ歓喜の声や足踏みに、我が国に向けられた憎しみの深さを思い知らされて、いたたまれなくなる。どちらにも共感が可能なこの瞬間に心が真っ二つに引き裂かれたようであった。仮にドイツの降伏がもう少し後だったら、ドイツのどこかの都市で最初の原爆が使われ、その結果日本の無条件降伏は原爆の投下を待たずに行われていたかもしれない。全ては神の采配だったとしか言いようがない。オッペンハイマーは確かに原子爆弾を完成させたが、彼がやらなくてもいずれ人類は核を持つことになっただろう。62歳という若さで亡くなったことを考えても、その重圧と後悔は計り知れず、大量殺人の全ての十字架を彼に背負わせることはナンセンスだと思う。少なくとも政治家が良心を無くすこと、また良心の無い政治家を選ぶこと、は時代を問わず大きな過ちであることだけは間違いない。
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