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オッペンハイマーのzhenli13のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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この映画の中で、え?と思ったのは日本への原爆投下が決定するシーン。アメリカ一般市民に浸透しているいわゆる原爆神話そのままの「ここで原爆を投下しなければ日本は戦争を終わらせることができない・アメリカ国民の犠牲を減らすことができる」という結論が映画の中ではさらさらと出される。
しかし原案とされたカイ・バード&マーティン・J・シャーウィン著『オッペンハイマー(原題 American Prometheus)』で読みとった内容は違っている。中巻第22章に出てくる。日本はもうすぐ降伏するだろうことは1945年5月頃には電信傍受によりわかっていてアメリカ側は条件付きの降伏も視野に入れていたこと、しかしソ連が8月15日までに対日宣戦布告することが判明し、ソ連参戦により戦争終結となるより先にアメリカの原爆投下によって戦争を終結させたいという意思が米軍側にあったことが記述されている。
つまりナチスドイツという目標を失ってなお原爆を投下しようとする目的は日本の降伏のためではなくソ連への牽制、ソ連のお手付きを阻止するためだったと読みとったのだけど、違うだろうか?
(ちなみに岡本喜八『日本のいちばん長い日』ではポツダム宣言を「黙殺」したことでアメリカが原爆投下に踏み切ったような表現があるが、トルーマンは日本側の拒否も折込み済だったことは本書にもある)

このことからも、クリストファー・ノーランのこの映画はアメリカが周到に一般市民に浸透させてきた原爆投下の理屈とイメージを覆さないための「配慮」がされているように思えた。
ちなみに本書の中でも、オッペンハイマーは日本への原爆投下に反対せず、というか今回軍事利用しなければ核の脅威を世界に知らせることができず、却って将来の各国の核製造競争を煽ることになるという考えだったようだ。

映画の前半は聴聞会や公聴会のシーンをたびたびインサートしつつオッペンハイマーの来歴を足早に説明する感じでやや物足りなかった。特にオッペンハイマーの若い頃の精神的不安定さや人との距離感が保てない感じ、そこからまるで過剰適応かのようにロスアラモスで大集団の指揮を執るようになるギャップ、落ち着きの無さや人を惹きつけるカリスマ性などはちょっとわかりづらかった。キリアン・マーフィは悪くないけど鬱々とし過ぎ。そして一番気の毒なのはフローレンス・ピュー演ずるジーン・タトロックで、これではただの性欲強い女性にしか見えない…二人のセックスシーンは全く不要。あとカットバックしながらじりじりズームイン(ずっとそれ)で大作感出そうとしてるのが鼻についた。イシドール・ラビとオッペンハイマーが会話するカットバックでイマジナリーライン越えしてるのは何か意味あったのだろうか。

この映画の軸足はオッペンハイマーの主観的自伝というより、オッペンハイマーを何とか叩き落とそうとするルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)の嫉妬を含む執念と対立、に置かれていたように思う。オッペンハイマーとストローズのどちらに主観が置かれているかでカラーか白黒かが分かれていたよう。はっきりいって広島長崎の惨状や犠牲がテーマの中心ではないのでそういう映像があるとか無いとかはあまり関係ないように思えた。どちらかというとハリウッド=アメリカの権力層の機嫌を損ねない表現だったと思うし、やはりロバート・ダウニー・Jrのアカデミー賞授賞式での振る舞いで露見した「アジア人の透明化」にも通ずるところは(意識していないとしたら尚更のこと)あるように思う。

ていうか原案の本読んだら、どこが自由と正義の国だよと思った。
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