てつこてつ

オッペンハイマーのてつこてつのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.5
とにかく情報量の大洪水(特に前半)で圧倒されてしまった。一般常識レベルのオッペンハイマーや原爆が広島や長崎に投下された流れについては知っていたが、あまりにも時間軸が交錯して大勢のキャラクターが次々と登場するので、ぶっちゃけロバート・ダウニー・Jr.やマット・デイモンが演じるキャラが何者なのか、主人公は何の尋問を受けているのか等、理解できぬまま中盤まで話しが進んでしまった。

原作を読んでいれば理解度はかなり違っていたと思う。

それでも、中盤以降の人類初の原爆実験「トリニティ」辺りから俄然と理解が進み、これまでのクリストファー・ノーラン監督作品とはひと味もふた味も違う世界観に存分に浸れた。実在した人物の伝記映画である本作では「インセプション」や「TENET/テネット」のような圧倒的な映像表現は描かれないが、音楽と音響効果の使い方が絶妙。特に後半での“音”の強弱の効果は抜群で監督らしさを感じた。

オッペンハイマーの人物像も意外にも結構突き放した客観的な描かれ方をしており、時には「原爆の父」の異名に相応しいマッドサイエンティストのような狂気に駆られた雰囲気、終盤の展開で見せる実に人間味溢れる表情など、流石は本作でオスカー主演男優賞を受賞しただけあって、キリアン・マーフィーの演技が素晴らしい。オッペンハイマーがその名前からもすぐ分かるようにアメリカの白人社会において当時は差別的に見られていたユダヤ系であった事もサブストーリーとして、結果的にはああいう顛末を迎える伏線として非常に興味深かった。

他の方のレビューを読むと、度々、「被爆した日本人としては複雑・・」のような記述も見受けられるが個人的にはそのような感情は全く持たず、ナチスドイツがヒトラーの自殺によって降伏した後も戦争を続けた日本に対しては結構フェアな描かれ方がされていると感じた。日本人に対する呼称を当時はおそらくほぼ全アメリカ人が使っていたのでは??と思われる蔑称“Jap”ではなく全ての台詞で“Japanese”となっていたことが逆に不自然に感じた程。

また、広島や長崎への原爆投下のシーンは映像としては登場しない(但し、被爆者のイメージ像は重要なモチーフとして登場する)ので、ここは賛否が分かれるかもしれないが個人的には見やすかった。

トルーマン大統領がオッペンハイマーに掛ける言葉にも非常に理にかなっていると思ったし、元々はナチスドイツがいち早く原爆の研究を始めたことに遅れまいと米国で始まった「マンハッタン計画」の産物・原爆が広島・長崎への原爆投下、そして、旧ソ連への抑止力を狙った冷戦時代の象徴として大陸間弾道ミサイルと共に、その目的や役割が大きく変わっていく流れも現代史のおさらいが出来て勉強になった。

恥ずかしながら、自分が二年間留学した大学でオッペンハイマーが助教授として勤めていた事実を知らなかった。また、Wikipediaで晩年に日本を訪問している事も初めて知り、何かと感慨深い。

万人受けする作品では決してないと思うが、個人的には映画館で鑑賞して良かったと思う。
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