歩葉戸路素

オッペンハイマーの歩葉戸路素のネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

原案である伝記本『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇 』を読んだ後に劇場鑑賞
筋書きは書籍通りなのに内容は全くの別物
やはりノーラン監督の天才っぷりを思い知らされた…!!
まずノーラン映画ってめっちゃカッコいいんだよね
なんだよ「核分裂パート(カラー)」「核融合パート(モノクロ)」って…笑
中二病が発症しそうなカッコよさ!
(いつものノーランワールドなので副題に深い意味は無いとは思うが)

上映3時間まったく退屈しないの凄い
時系列と視点が乱雑してるため冒頭からクライマックスみたいな展開で緊張感が半端ない
あっという間に見終わった
伝記本だとオッペンハイマー生誕から死亡までの人生を時系列通り淡々と描写するので(名著だが)中弛みを感じてしまったが
映画はスピード感を重視したエンタメに仕上がっている
一番特筆すべきは、書籍だと上巻の終盤でサラッと書かれていたトリニティ実験を劇中の大トリであるクライマックスに持ってきた脚色だと思う
時系列シャッフルの恩恵に預かった素晴らしい魅せ方

主人公オッペンハイマーの主観だけを映像化していて…逆に言えばそれ以外のモノや出来事は一切描写せずセリフで済ませている部分がこの映画の最大のポイント
前半のライバルポジションであるナチスの量子物理学者ハイゼンベルクが冒頭登場しただけで後は全く映らなかったり、広島の原爆被害が映らないのもそのため
その代わり脳内ビジョンは鮮明に映像化しており、原爆の恐ろしさや殺傷力が頭の中に思い浮かんだり拍手が爆撃音に変わったり…オッペンハイマーの元から持つ神経症の発症がモノ凄く強烈(原案の伝記本では幻想描写は皆無なので普通に演説しているから全てノーラン側が考察した映画オリジナル)

個人的に凄い!と思った脚色は冒頭オッペンハイマーがリンゴに青酸カリを盛る事件の描写
伝記では「この頃のオッピーやばくて草」という感じで神経症時代の珍エピソードの一つとして紹介されてるに過ぎない話だったが(なぜ彼がこんな事したのかは伝記を読んでも不明)
『毒リンゴを恩師ボーア博士が危うく喰らいそうになる』という映画オリジナル展開に改変されていたのびっくりした
「狂気に翻弄されて造ったモノが暴発して敬愛する他者を傷つける」という正に核兵器開発とリンクする重要な場面へと昇華されており重大なテーマのメタファーにもなっていて
めちゃくちゃ良いな!と思った
なぜリンゴに毒を盛ったのか?なぜ原爆製作を辞めなかったのか?
答えは劇中には示されておらず、止めようのない狂気に動かされていた…ぐらいにしか回答しようがない無力感

このオッペンハイマーの神経症な性格をセリフでは無く身振りだけで魅せる俳優キリアン・マーフィーの演技がバケモンすぎる
特に目の演技が凄くて、常に瞳孔開いたようなガンギマってる瞳なんだけど
恩師であるボーア博士に再会した時とか初恋の女の子みたいなキラキラした瞳してたり怪演ハンパなかった
ダウニーのクズスターク、脇役の博士たちも皆役者が完璧すぎる
個人的にローレンス博士を演じるジョシュ・ハートネットの良い人そうな役柄が中々のハマり役

ラストのオッペンハイマーとアインシュタインがストローズを無視した理由が判明する場面でバッサリ劇終させる構成も見事
自分が生み出した核兵器という悪が世界を破滅させるビジョンに放心してたオッペンハイマー、同時に無視した事によりストローズという悪役が誕生し自分に迫り来るというダブルで絶望感ある結末を暗示する凄い名場面だった!
「アインシュタイン博士…私は全世界を破壊する核の連鎖反応を開始させるかもと思案しましたが、ついにその通りになりました」
そんな事いきなり言われたらそりゃ口が開かないわな…と
いつ核スイッチが押されるのか?戦争が続く現在だからこそ、とても観る価値のある映画だと思う

それから、なぜこの映画の悪役がテラーやローレンスでもなくストローズだったのか鑑賞後に考えてた
もし私がこの史実を物語にするなら、元々信頼し合った同僚の粒子加速器を発明したローレンス博士を悪役に描写すると思う
その方がドラマチックだし悲哀のある展開になりそうだなぁって
でもこの映画は冷徹なノンフィクションなので熱いドラマなど不要なのである…笑
それにオッペンハイマー&アインシュタインと純粋な物理学者では無い部外者のストローズ(それからトルーマン大統領)の世界の見方や思考の違いに重点を置きたかったのだと思った
その為にカラーとモノクロの対比構成にしたのかと
ものすごく効果的だったしオシャレだしノーラン監督スゲェ!ってなる
やはりノーラン映画はカッコいいのだ

知的好奇心から成る罪と罰
今年観た映画ベスト候補の名作だと思った
歩葉戸路素

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