nizLotus

オッペンハイマーのnizLotusのネタバレレビュー・内容・結末

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

最高に良かった。
扱うテーマ、中身の随所に表れるものを見ていると、明るい言葉を感想として使い辛いのだが、最高としか言いようがない。

「メメント」以来、クリストファー・ノーラン監督のファン……である、と思う。というのも、特に誰が監督なのか意識しないまま気になる作品を見ていたら、あらまたノーラン監督、更にまたまた。といった風に気付いたらほぼ全て追いかけていたからだ。

さておきそれで、「オッペンハイマー」の制作が発表された時から、ずっと楽しみにしていた。
ところがご存知のとおり日本公開は見送られ、失意に暮れたと同時に不安も抱くようになった。
原爆被害に対するアメリカの人々のありふれた感情と、日本の人々の感情が大きく異なるという事はよく聞いていた。そのため、「アメリカ万歳的な、日本国内でとても上映できないほど倫理的問題があるのか」と、不安になってしまったのだ。

上記について結果を言うと、そんな事は全く無かった。
寧ろ倫理観についてこれでもかと考えさせるようにできている内容であったと感じている。

ただし、強いて言えば、皮肉として表現されるアメリカ側の姿勢など、見ていて青ざめてしまうような場面はある。
広島や長崎出身ではない私ですらサッと血の気が引いてしまったのだ。もし被ばくされた方や、そのご家族などの当事者が見たのなら、耐えがたい苦痛にもなるかもしれない。

鑑賞前に気を付けた方がよい点
1.当時のアメリカ側の狂気的な原爆賛美描写
「京都は文化的価値もある美しい街なので、原爆投下候補地から外す」と、軽く語る場面から始まり、終戦後の狂気的な賛美の場面など、見ていて青ざめてしまう場面が幾つかある。
勿論前述のとおり、それらを問題ある行動として描いているので、肯定されているわけではない。
それでも中々ショッキングだった。

2.原爆の被害を想起させる演出
原爆被害は直接描写されない。が、随所でその被害を思わせるVFXや、画面が白飛びするほどの光、不気味な無音として表現されている。心理的な負荷がかかる表現だ。
しかしながら、これらの表現だけで狂気と被害を語れるのは凄い。とも思わされた。物足りなさに関しては後述する。

3.爆音ジャンプスケア
ホラーではないのだが、予期せぬところで爆音・大爆音が響くのでびっくりする。
当然それが狙いで何かしら観客に訴えようとしているので、駄目な事だとは思わない。しかしノーラン監督作品はこの演出が頻発すると感じているし、ホラーが全く駄目な私には少々きつい。

以下余談。
私が「メメント」を観た時、上映館はミニシアターだった。ミニシアター系ではよくある演出だと思う。監督が今もこのお作法を守っている、もしくはその系譜である証左のように思える偏見が私にはちょっとある。
それで一応慣れているため、今回も「きっとここで爆音来るんやろうなあ……」と思っていたら案の定来たので、笑う場面でもないのに思わず口元が緩んでしまった。
具体的に言うと、最大の難所は原爆の実験=トリニティ実験の場面だ。
遠方の爆発音は遅れて届く。とはいえ待たせて待たせて「もしかしたら爆音無しかも」と油断したところの最後でドカンだ。
大爆音の苦手な方は、あの実験の場面でずっと耳栓しておく事をおすすめしたい。

4.性行為描写
まあこれはなんというか。映画あるあるですね。ただ設定されたレーティングに対して「R18では?予想していないかもしれない」と思えたのでこちらに記した。

雑感
導入のVFXは引き込まれる美しさだった。その美しさ=知識に目がくらんで倫理観を置き去りにしてしまう暗示のように。

ラビ博士とヒル博士、アインシュタインが個人的にとてもよいキャラクターに感じられた。特にラビが、オッペンハイマーに剥いたオレンジを渡す場面で温かい気持ちになった。
私の考えすぎかもしれないが、序盤で登場するりんご=知恵の実(倫理観の無い冷たい知識欲)と対比させた「豊かさ(温かさ)」の象徴にも思えた。
昔のヨーロッパ北部では、オレンジが豊かさの象徴の果物だったとどこかで聞いた事がある。(出典不明)

ギリシャ神話にあるプロメテウスの火=知恵は人類に恩恵をもたらすものだった。一方キリスト教における知識=知恵とは、人類の罪だ。
プロメテウスも神の火を盗んだがゆえに罰を受けるものの、人類の罪とまでされたわけではない。
神話の逸話を引用する事により、ただ単にキリスト教的な観点からのみ、本作品で描かれる旺盛な知識欲と力への野心を断罪する目的ではないとも感じられた。
これも単に考えすぎで、オッペンハイマーが個人としてプロメテウスに見立てられているだけで、そういう意味はないのかもしれない。

ヒューマンドラマ、伝記であると同時に、ミステリー仕立てになっているところも良かった。
肝心のところなので多くは語らないが、ミステリー・サスペンス的な要素に気付いた時からラストにかけて、実にエンターテインメントした楽しさを覚えた。

とはいえ不満もあるにはある。
原爆投下を決定するにあたって日本に対する、アジアに対する差別意識は本当になかったのか?そこまで踏み込んで描かれなかった事。また、被害を想起させる描写も、事実どおりにグロテスクに描いて良かったと感じてもいる。

それでも大きなスクリーンで見て良かったと思った。おすすめ。
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