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オッペンハイマーのissiのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
IMAXフルサイズ鑑賞。

3時間があっという間だった。
トリニティ実験までに2時間弱だが恐ろしく体感時間が早い。

まず鑑賞に至るまでの思いを記録すると、
ノーランの最新作が発表され、オッペンハイマーの題材と発表される。
スパイもの、物理学ものではなく「ダンケルク」のような史実ものか、という初感。
オッペンハイマーが物理学者ということを知らなかったため物理学ものではあったのだが。
ノーラン監督のスパイものが好きで「TENET」がコロナ禍の映画館を救ったこともあり、
IMAXフルサイズで鑑賞することの素晴らしさを教えてくれた作品だった。
からこその史実ものは正直なところ少しがっかりだった。
だが主演がキリアン・マーフィーと聞き、心がざわついたのを覚えている。
「バットマン・ビギンズ」から数々のノーラン作品に出演し、
「ピーキー・ブラインダーズ」で映画フリークの心をがっちり掴んだ彼が
遂にノーラン作品で主演を張るのだと。
そんなもの良い作品に決まっている。
脇を固めるのはノーラン組のケネス・ブラナー、マット・デイモン、デヴィッド・ダストマルチャンに加えて
ロバート・ダウニー・Jr、エミリー・ブラント、フローレンス・ピューをメインキャストに迎え、
メインでなくともラミ・マレック、デイン・デハーン、ケイシー・アフレック、トニー・ゴールドウィン、ジェイソン・クラーク、ベニー・サフディが出演と錚々たるメンバーである。
「DUNE」もかなり豪華なキャストではあったが、こちらの方が普段交わり合うことのないオールスター戦といった雰囲気だろう。


まず冒頭のシーンから非常に心掴まれた。
時折挿入される粒子と波動のカット。
量子力学のイメージを1.43×1の大スクリーンに映すのはノーランしかいないだろう。
冒頭にはベッドに横たわり量子力学の世界に悩まされるオッペンハイマー。
そこに量子力学の世界がフルスクリーンに広がる。
この冒頭のシーンだけでお釣りがくるほどの体験だった。
そこにハンス・ジマーに続いてノーラン作品を固める
ルドウィグ・ゴランソンの音楽の使い方は神がかっている。
ケネス・ブラナー演じるニールス・ボーアと出会うシーンで
「Important thing is not can you read music, but can you hear it. Can you hear the music, Robert?」
「-Yes, I can.」
というやりとりの際に流れる「Can you hear the music」が1番好きだ。
他の曲も素晴らしいが、インターステラーなどで流れていそうでいかにもノーラン音楽という雰囲気がある。
この映画でのやり取りも何気ない比喩だと思っていたが鑑賞後に気付いた。
楽譜を読んでどんな音になるかを理解するだけでなく、
その音楽を聴いてどのように聴こえるのか、それがどんな影響を及ぼすのかを想像できるか?と言う問いかけ。

科学者や発明家は発明によって何が成し遂げられるのかを理解するのはもちろん、
その発明の様々な使い方を想像し、人類にどのような影響を及ぼすのかまで考えなくてはならない。
ボーアはオッペンハイマーに量子力学の才能や頭の良さを求めていたのではなく、
量子力学をどのように用いるのか、という使い方の想像ができるのかを問うていた。

冒頭の水溜りに落ちる雨から波を、
夜空に浮かぶ星々からは粒子を、
量子力学のモチーフからフラッシュバックされる
量子世界のイメージに想いを馳せる青年期。
実験ではなく理論屋として自分の意義を感じ、
それが活かせない環境にいることへの反発として林檎に毒を盛るも
ボーアに才能を見出され彼の科学者としての人生が始まる。
この映画冒頭の一連のシークエンスに映画として、物語としての魅力が詰まっていて、
最高のオープニングだと感じる。


そこからはインセプションよろしくチームメンバー集めが始まる。このメンバー集めからの
マンハッタン計画が進んでいく様も楽しい。
それぞれのキャラクターも良い味を出している。
特にベニー・サフディは存在感でかかった。水爆の父テラーという重要な役どころというだけなく、
その登場シーンからインパクトを残す。
汗を滲ませながら遅れて入ってくる様はオッペンハイマーを脅かす脅威のような予感をさせる。
「グッド・タイム」で抜群の演技と存在感を示し、「アンカット・ダイヤモンド」で監督としての手腕も見せつけたサフディ。
個人的には大好きな俳優なのでこのノーラン作品を足がかりに
さらに活躍してほしいところ。

そして物語が中盤を過ぎた頃、ついにトリニティ実験のシーンへ。
半端ない緊張感が走る登場人物たちと観客。
成功するかわからない、世界を破滅させてしまうかもしれない、という状況を2時間近くの描写で観客にも感じさせている。
肝心の爆発シーンは無音。
トリニティ実験の大爆発が画面いっぱいに映され、オッペンハイマーの息遣いだけが館内に響き渡る。
核爆発の恐ろしさを迫力ではない方法で表現し、観客に考える余地を与える。
核爆弾を扱う映画として正しいかは分からないがベターな判断だと感じた。

実際の核の惨状を描かない、日本の被害を描かないことに批判がされているが
オッペンハイマーの苦悩を描くのにそれらの描写は全く必要なかったし、実際に惨状を見ていないという。
後半、講演会で核爆発のフラッシュバックが起こり、
人間の皮膚がめくれる描写があるがそれも実際に核によって人体がどうなるのかを知らなかったオッペンハイマーからは
あのようになるという想像だったのかもしれない。
鑑賞中はあんなにきれいに皮膚だけがめくれるわけがない、
もっとおびただしい状態になるはずで、ヌード描写をあえて取り入れて
R指定にしたのにここの表現は生易しいのか、と思っていた。
ノーランが過剰な表現を望むとも思えないので彼なりの考えがあってのことだろう。


後半のストローズとの闘いは正直一度では味わいきれなかった。
ストローズの野心は非常に伝わるし
オッペンハイマーを取り巻く不利な状況、
彼自身の苦悩が前半と対比されてまるで別の映画を観ているよう。
モノクロ映像はIMAX初のモノクロカメラを用いて撮られた映像だが
モノクロ処理した映像との違いはわからなかったが
これも監督が望んだ撮影技法で撮られた映像だから劇場で堪能するべき。

オッペンハイマーへの尋問で鍵となるシュヴァリエ事件も
さらっとした描写だったためわかりづらさがあったのは確か。
そこまで複雑すぎないドラマも、登場人物の多さと時系列の複雑さ、
歴史の知識が相まって複雑に感じさせる。
初回鑑賞時はオッペンハイマーの苦悩に焦点を絞っていたため
そこまで複雑には感じなかったが、人物それぞれの思惑や
狙いなどを味わおうと思うと苦労するかもしれない。


個人的に好きだったセリフは
弟の結婚を聞いて"お前が幸せなら俺も幸せだ"というオッペンハイマー。
そのシーンではある意味無関心な、適当なあしらいとも取れるやり取りは
ある意味ではオッペンハイマーらしく、
最後に伏線回収もされて良いセリフだと感じた。


映画最後のアインシュタインとの会話内容が明かされるシーン、
核爆発によるチェインリアクションを危惧して相談していた。
チェインリアクションが起こらなかったものの、
核爆弾を作り出してしまったことで実質世界を変えてしまった。
そう悟ったオッペンハイマーは
「私は破壊した」と放つ。
そう言い放った彼の表情が、瞳が脳裏に焼き付く。
この苦悩を、瞳を人類は忘れてはいけない。

ただ、この映画を観て原爆の恐ろしさをーとか、世界平和についてーとかを語り、
そういうセンシティブで、腫れ物のような映画として捉えてほしくない。
映画として壮大で、1人の男を取り巻く物語として優れている。
そして演出にも優れている一本の映画として、向き合ってほしい。
その上で原爆や戦争、平和について考えるきっかけにしてほしい。
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