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イニシェリン島の精霊の社会のダストダスのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
3.4
昼間の2時からパブでビールだと…?働けえーっ!「家に居るな、飲んでこい」とか言われてみたいわ。

おっさんたちの熟年絶交の話のすじ以外は、あまり情報入れないようにしていたけど、ゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門作品賞受賞となっていたので、綺麗なアイルランドの景色の中で、まあまあほのぼの明るい系の話かなと思っていたら全然違った。

『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー監督の新作。ちなみに『スリー・ビルボード』はゴールデングローブ賞のドラマ部門で作品賞を獲っているみたいだけど、この二つの部門を分けているものが何なのかよく分からない。

アイルランド内戦下の1923年イニシェリン島、島民全員が顔見知りのこの島は本土が内戦に揺れるなかでも平穏を維持している。気のいい男で知られるパードリック(コリン・ファレル)は長年の友人だったコルム(ブレンダン・グリーンソン)から突然の絶交を言い渡されてしまう。理由も分からず昨日まで飲んでいた友人に絶縁されてしまったパードリックは友人や妹の協力を得ながら関係修復を試みるも…

昨日まで普通に話していた友人が突然口を利かなくなるということはある。小学校のとき学校のトイレでウ○コ💩をすると「アイツ休み時間ウ○コ💩してたぜ!臭っせえ、エンガチョだ~www」とあっという間にクラス中に広まりバイ菌扱いされるのである。そうすると仲の良かった友達も「学校でウ○コ💩するような人とはちょっと…」としばらく距離を置かれてしまう、子供ながらに世知辛い経験であった。

学校でのウ○コ💩事件を戦争レベルのメタファー表現として描いたのが本作『イニシェリン島の精霊』。もっともそんな意図が組み込まれているのを知ったのは観終わった後に皆様のレビューを読んでからなので、人様の意見に左右されない純粋な感想は「なんだこの変な映画は…」だった、正直なところ面白かったかどうかでいえば微妙なところ。てっきり絶縁の原因や仲直りの過程を描く内容かと思っていたので、始まりも終わりも釈然としないのは歯切れの悪さを感じた、でも映画の焦点はどうやらそこではなかったようで。

突然絶交を言い渡されてしまう哀れなおっさんパードリックを演じるのはコリン・ファレル、アイルランドの美しい情景効果も加わってか普段の3割増しくらいで不憫なオーラが出ている。初めは可哀そうな奴だとみていたが、中盤以降はやめろと言われているのに「言ってやったぜ!」と何故かイキリ始めるので、キンタマを蹴りたくなった。

パードリックに突如絶縁を言い渡すもう一人のおっさんを演じるブレンダン・グリーンソンは『パディントン2』のナックルズの人、強面だけどコミカル役がハマる印象(本作がコメディかどうかは諸説あるが)、自慢のナックルは今回大変なことになってしまう。「これ以上俺に話しかけたら自分の指を切り落とすぞ」、何がそこまでさせるのか。ワンちゃんがアレを引きずってきてからの展開は、狂気すぎて笑うしかなかった。あ、確かにコメディかもしれない。

パードリックの妹役のケリー・コンドンは『スリー・ビルボード』にも出ていたらしいが何の役か全然思い出せない、お店の人とかだったか。バリー・コーガンは今回も変な奴、言うなれば犬、ロバに続き第三の動物枠。パブでの空気を凍り付かせるシーンは分かりみが深い、一緒にいる人のほうが恥ずかしくなることってある。

ストーリーの骨組みとしては振り返ってみると、被害者だった主人公がやがて村八分にされ加害者に転じるという展開は、『スリー・ビルボード』とほぼそのままで似ている。絶交する人とされちゃう人、通常ならそのどちらかを観ている人は視点人物として設定して観ればいいけど、原因が分からないし昨日までの二人を知らないので、ほとんどの人は第三者のパブのマスターあるいはパードリックの妹視点で本作を観ることになると思われる。『スリー・ビルボード』はなんだかんだで母親視点で全編を観ていたので、そこが一番の違いか。

「何の戦争か知らないが、せいぜい頑張れ」、冒頭でアイルランド本土の内戦を対岸の火事として見ながらパードリックが呟いた一言が、この作品を観るためのヒントになっていたのか。やっぱり自分には難解で全部は咀嚼しきれない、タイトルのイニシェリン島の精霊とは、時々出てくる死霊館のシスターみたいな妖怪ババアのことで多分合っているとは思うが。