幽斎

ブラック・フォンの幽斎のレビュー・感想・評価

ブラック・フォン(2022年製作の映画)
4.4
KDDIの大規模障害でモバイルの課題が浮き彫りに為りましたが、「公衆電話」がトレンド入りしたのは皮肉なモノ。固定回線を持つ家庭はほゞ高齢者、私も電話はXPERIAの1台のみ。京都は割と公衆電話は有る方ですがタウンページとか、☎←コレの意味を知る人も少ないのでは?。TOHOシネマズ二条で鑑賞。

初めにお断りですが、ホラーのファクターは殆ど無いので、ポスターや予告編から想像される内容と本編には「意図的に」乖離が有るのでご注意を。アメリカでは誰もが知る原作者なのでスピリチュアルを得意とする事は咀嚼して観るので、オーディエンスは正当に評価されてる。本作をジャンル分けするなら正しくはジュブナイル・スリラー。

原作者Joe Hill「The Black Phone」2004年刊行だが、黒電話は時代を象徴するアイテムと言えるだろう。鑑賞までに時間が有ったので、Kindle版「The Black Phone (English Edition)」149円(笑)、26ページとサクッと読めるが、今ならハーパーコリンズ・ジャパンから翻訳された短編集が有るので、スリラーのアンソロジーは夏の夜に読み応えタップリ。比較すると映画版は随分と脚色されてるが、デビュー作「20世紀の幽霊たち」ブラム・ストーカー受賞の才人。彼の父親はモダン・スリラーの帝王Stephen King。

Scott Derrickson監督は私とシンパシーの合う演出家。「エミリー・ローズ」を成功させ「地球が静止する日」バジェットを熟せる手腕も発揮。でも本来は「ランド・オブ・プレンティ」原案者の様にヒューマン・ドラマも描ける。「フッテージ」スリラー界のフロント・ランナーの地位を確立。大作「ドクター・ストレンジ」原案、脚本、監督として大成功を収めたが続編「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」では黒魔術とかダークな路線を撮りたいのに、アベンジャーズの方向性を巡ってディズニーと意見が合わず、ブン投げてしまう。

天下のディズニーを相手に喧嘩を売るとは良い度胸だが、困ったディズニーは何とか宥め賺して製作総指揮として残って貰い、辻褄合わせの上手いSam Raimi監督に高額なギャラで起用する事で決着。その煽りでレビュー済「ドント・ブリーズ2」の中身はスカスカに(笑)。監督が選んだのは、ミニマムなスリラーへの挑戦として、Joe Hillの短編を撮る事に決めた。「フッテージ」繋がりでEthan Hawkeが出演を快諾。彼もレビュー済「テスラ エジソンが恐れた天才」掛け持ちで大忙し。次回作は皆さんお待ちかね「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」続編。問題は配給がNetflix独占なのか?。

監督は脚本をメジャーでは無くBlumhouseに持ち込む。現在のブラムハウスは経営方針が変わり、映画よりもテレビ製作に熱心で昔の様に低予算で新たな才能を発掘するイメージとは程遠い。今の稼ぎ頭は新設されたBlumhouseTelevision。では創業者Jason Blumはリッチ・ピープルで人が変わった、と言う訳では無く映画については自分が納得したプロダクトしかサインしない。レビュー済「ドント・レット・ゴー 過去からの叫び」「レフト 恐怖物件」どう考えても儲からない案件もしっかりリリース。低予算映画についてはレビュー済「ブラック・ボックス」の様にAmazonスタジオで見る機会も増えるだろう。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

原作を脚色するに辺り、監督はFrançois Truffautの傑作「大人は判ってくれない」をインスパイアと告白。確かにオーディションで選ばれた長編映画デビューMason Thamesの立ち位置はソックリだ。主人公は学校での成績が悪く、いたずら好きで先生に叱責される。家では厳しい母親と、稼ぎも少ない父親に囲まれた息の詰まる生活。後のジュブナイル映画に大きなインパクトを残し、現在でも本作の様にテンプレとして用いられる。

舞台を1978年に設定する事で、子供の誘拐が多発した時代背景と同一化するが、プロット的にはGuillermo del Toro監督「デビルズ・バックボーン」。スペイン内戦の孤児院を舞台に、夜毎に出没する少年の霊に悩まされる少年と孤児院に隠された秘密を描いた。当時の誘拐で子供の発見率は5%と絶望的。アブダクションを強調するので、原作とは違う視点で物語は進んで行く。彼が深夜映画を観てる赤い血の作品は1959年「ザ・ティングラー/背筋に潜む恐怖」一部に熱狂的なファンを持つホラー映画。貴方も背筋がゾクゾクする事間違い無し!(笑)。

本編を見ると「Ethan Hawkeじゃ無くても良くネ?」と見えるかも。彼のマスクは日本の当世具足(とうせいぐそく)の「面頬」(めんぽお)を模したモノ。ハリウッドでは例えば「マッドマックス 怒りのデス・ロード」にも出てくるが、目を除いた顔の部分を覆い隠したデザインは、戦国時代に誠に向いてる。Ethan Hawkeは静かな狂気を演じられる名優だが、本作でもマジシャンに化けたり、半裸で座ってるだけで存在感バツグン。スリラーと言うのは「造形が命」、最初から終わりまで彼の怪演ショーとしても楽しめる。

Elementary kidsを描く本作は、中間層の貧困が表面化する時代背景と重なるが、70年代の子供って本気の喧嘩が日常茶飯事だったのかと、些か呆気に捕られるが、Madeleine McGrawちゃんのお尻をベルトでビシバシ叩くのは、現代のコンプライアンスでは完全にOUT!。McGrawはレビュー済「ラ・ヨローナ~泣く女」出演してるが、彼女はディズニー・チャンネルのドラマが先に決まり、本作にサイン出来なかった。しかし、監督は「彼女抜きでは考えられない」と製作を遅らせて出演を捥ぎ取った。

本編は在る程度原作に沿ってるが、母親には「予知夢」と言う神通力が有る。Déjà-vuは日本では既視感とも言うが、深層心理学の世界でも未だに解明出来ない部分が多い。母親は予知夢で町では有名人だが、自らが破滅する夢を見て自殺してしまう。子供の兄は死んだ人からメッセージを受け取る能力が有り、妹は母親と同じく予知夢で近い未来が見える。父親には超能力が全く無いので劣等感とトラウマで、妄想だと抑え突ける。

本編ではしっかり描かれないが、裕福な家庭に生まれ育ったEthan Hawkeとその弟も親からの虐待で人生に歪が生まれた過去が有り、それが幸せに暮らす子供を狙って誘拐して殺す行動原理に結び付く。秀逸なのは主人公の描き方。冒頭で日系人にホームランを打たれたり、やたら格闘戦に強いメキシコ移民とは親友と言う様に、彼は誰とでも分け隔てなく接する。父親が原子力関連で働くと言う事は、当時は学歴が無いと働けない(そうは見えないけど(笑)、頭の良さは父親譲り、ロケットを自作するのはアホでは無理が有る。

原作と同じく黒電話は誘拐魔に無残に殺された子供の声。誘拐魔と戦い死んだ彼らは、死者の魂が聞こえる主人公に無念の恨みを晴らす為、知恵を授ける。その証言から誘拐魔への攻略法を練っていく。上手く映像化されてるので、こんなゲーム有りそうだなと劇場で思った。初めは彼には能力は無い事が、無自覚に描かれる。最少の人数でスリラーを構築出来るのは流石と言うしかないが、冴えない主人公がエスパーに目覚める過程と、彼自身の成長が短い時間で成長物語へと進化する。スクールカーストのアップデートとして、爽やかに締め括ったなと。だからホラーを期待すると損した気分に為る(笑)。

固定電話とスリラーと言えば2004年「セルラー」。私の大好きなボンド・ガールKim Basinger主演、これまた私の好きなDavid Ellis監督の傑作が思い浮かぶ。監禁された女性が壊れた電話で状況を打破するが、秀逸なのは掛けた相手側が当時の流行りの携帯電話で「動と静」の対比が素晴らしかった。本作の場合は、幽霊ボイスがそのまま伏線と成り、全てが揃った所でEthan Hawkeと対決する分り易いプロットが、スリラー初心者向けとして楽しめる親切設計。時間の関係で「犬」の描写が安直だったが、レビュー済「サマー・オブ・84」とは違う角度で大人の鑑賞に堪えうるジュブナイルとして、完成度を手放しで褒めたい。

McGrawちゃんの活躍をもっと見たかった気も。兄の霊感と妹の予知夢が大人に成った時の活躍なら尚更見たい気もするが、ソレをやると有名な作品に似てる事がバレる。レビュー済「死霊館 悪魔のせいなら、無罪」。本作でも監禁場所の捜索には、もう少し観客との共有時間を膨らませても良かった気もするが、本作は兄のサクセス・ストーリーに特化してるので。続編も有り得る終わり方だが、作家性の強い監督なのでヤラないだろう。

強いてマイナス・ポイントを挙げるとすれば、か弱い兄が一人前の男に成ると言うコンセンセスは一見すると何の問題も無いかに見えるが、現代のジェンダー・バイアスを考えた時に、安直に称賛するのは違う気もする。妹が大きな石で躊躇なく人を殴って流血させるシーンでバランスを取った気もするが。納得逝かないのはDV父親が最後に謝って済むのは、ジェラート並みに甘くない?。兄妹で親戚の家に家出して大人に成ったら・・・ヤッパリ「死霊館」に成っちゃう(笑)。

黒電話で人は殴れます。爽やかなジュブナイル・スリラー、誰にでもお薦め出来る傑作。
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