この映画を観て、言葉にならない・できないという感覚(きっとこれが愛)を知り、そしてそんな感覚を"しびれ"と呼ぶのならばそれを服で表現できて僕はそれでよかったし、それしか僕にはできないことを"内山拓也">>続きを読む
映画をつくることは、ともだちをつくること。
そう話す監督の言葉がこの作品に詰まっていて、『しびれ』にも通ずる他者への愛、寄り添い続ける・続けていたいという"こんな日々"を再確認できた。
10年を経た>>続きを読む
あの頃の、なんとなく過ごしてた時間を思い出したら、この映画のようにピンボケなんだ。
ってな経験を経て今、"これからもぼやかせてくの?"ってどうかを判断させてくれようとしてて。
そして、あのままでもいい>>続きを読む
シャワーの温度差同様に3℃違ったから通り過ぎていった
みんなにとっての"いつかの誰かと誰か"。
あの部屋はきっと707号室。
令和の"NANA"ってこと。
出たら違うスクリーンから腐女子たちが出てき>>続きを読む