素潜り旬さんの映画レビュー・感想・評価 - 31ページ目

サスペリア(2018年製作の映画)

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コンテンポラリーダンスと裸、エキゾチシズム、政治、が気持ちよく混ざり合い、菊地成孔ばりのフェミニズムとミソジニーが倒錯して(笑)、うっとりするほどのフェティッシュにまみれているし、新しいサラの美しさが>>続きを読む

荒野の用心棒(1964年製作の映画)

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女を逃がし、その旦那と子供から微妙な顔をされて、俺は物語を進行させるために少なくともお前らは助けてやったんだって空気を出しているクリント・イーストウッドを観れただけで、俺は感動していた。語らないことが>>続きを読む

まぼろしの市街戦(1967年製作の映画)

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ケツでオトして良いんだって気付いた時、戦争をユーモアで吹き飛ばすという行為自体が馬鹿馬鹿しく思えてきた俺は、劇場でこっそり裸になっていたような気がする。こうして主人公と近づいた時に、精神ってものは案外>>続きを読む

バスキア、10代最後のとき(2017年製作の映画)

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元カノの力、恐るべし。独占欲も天才相手だと、果たして自分だけのコレクションにしていて良いのかという疑問を生む。そのおかげでこの映画が生まれたと俺は予想する。笑 競馬かよ。

バスキアがアメフトのヘルメ
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ファースト・マン(2018年製作の映画)

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ララランドが月に行くのと対比させてリオン・ブリッジスにギル・スコット・ヘロン役でポエトリーリーディングさせている。とんでもない倒錯だ!と興奮したが、アカデミー賞がよっぽどキツかったんだと気付いて少しし>>続きを読む

DOWNTOWN 81(2000年製作の映画)

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フィクションがフィクションに見えないのは、バスキアが普段からバスキアを演じているからで、ビートたけしがビートたけしを演じているのに似ているが彼は北野武でもあるというのとはわけが違う。笑 ケバい妖精が登>>続きを読む

ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(1985年製作の映画)

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フラッシュバックによる場面転換と組み立てられた場所で演じることに対して加速度的に観客は意識し、三島由紀夫の小説と三島由紀夫が同時に映像化されているために起こるズレが芸術だという一点責めの態度で映画は在>>続きを読む

ドニー・ダーコ(2001年製作の映画)

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タイムトラベルの魅力に取り憑かれる人が一定多数いることは、バックトゥザフューチャーがいつまでもカルト化していて、マイケルJフォックスがここ日本では歳をとらないことにも明らかだが、ドニー・ダーコはもう1>>続きを読む

荒野のストレンジャー(1972年製作の映画)

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赤は血の色だから良いんじゃないかというマカロニ的な感性で街を赤く塗りたくるイーストウッドはかっこいい。血が流れない場面では赤を使うことによって、血生臭さが全編に漂うっていう。

続・荒野の用心棒(1966年製作の映画)

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西部劇は赤色が好きっていうかリマスターが赤を強調し過ぎなんじゃないか、ということに気づいてしまった。笑 赤って便利だなあ、空と合わせるだけで映えるし。俺がもしアイフォーンを持った用心棒で、インスタ映え>>続きを読む

ビリー・ザ・キッド/21才の生涯(1973年製作の映画)

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居る者すべてに必要な存在が死んだ時に表出する喪失は、誰にも癒すことはできない。時間だけが解決してくれる、何が誰が正しいのか、答えは風だけ知っている、ああ、何でこんなかしこまった使い古された言葉ばかりが>>続きを読む

タイタニック(1997年製作の映画)

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気が済むまで振り帰ろう。語り部が生きているのだから。初めから結末が見えているのに、ドキドキしてしまうのは、レオナルド・ディカプリオに萌えているからだろう。冷静になった時、この燃ゆる頬はレオナルド・ディ>>続きを読む

ウィーアーリトルゾンビーズ(2019年製作の映画)

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自分たちが語るために誰かに語らせることは、自己主張において大切である。不遇な子どもたちの体内は自己主張で充ち満ちており、溢れんばかりの音楽によってそれは発散される。そしてその自己主張は死によって(ある>>続きを読む

ゴールデン・リバー(2018年製作の映画)

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「歯ブラシと親殺し」
日本語では韻を踏めるこの組み合わせがブロマンスにおいて成り立つのは偶然ではないだろう。ゴールドラッシュにおけるラッシュは親の存在だ。親がいてのラッシュ。親のためのラッシュ。親がい
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赤い鳥逃げた?(1973年製作の映画)

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俺のけつの穴まで逆再生されたら、それこそ朝、困るじゃないか。原田芳雄がおどけて振る舞えば振る舞うほど、逆再生は繰り返される、執拗に。俺たちは前へすら進めないのだろうか。いや、進んでいるさ。それこそダサ>>続きを読む

ラストムービー(1971年製作の映画)

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西部劇から飛び出してきたカウボーイはめくるめく編集に翻弄される。それはゴダール的でもあり『今夜、マリエンバードで』的でもある。デニスホッパーは自身をそういった配置にすることによって、トラブルメイカーな>>続きを読む

ソワレ(2020年製作の映画)

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ふたり組の映画的逃避行。逃げること、どこまでも遠くに行くこと。それが成立するのは、両者がそう思っている時であるが、ふたりはブレッブレなのだ。しかしそのブレをノワール調に描くことによってこの映画は新鮮さ>>続きを読む

逃がれの街(1983年製作の映画)

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監督が工藤栄一、主演が水谷豊なだけあり、序盤は傷だらけの天使のオマージュ(なんとアニキ〜と、主演の男に付いて回るのが若かりし島田紳助である!しかもハマリ役)で話が進み、中盤からはアラサー版『青春の殺人>>続きを読む

合葬(2015年製作の映画)

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幕末武士の青春モノに弱い俺は、この映画に人を斬るシーンがほぼないこと(有ってもそれは木刀での稽古や喧嘩)に驚き、しかしそれは白虎隊など散ってゆく隊士を題材にする際にありがちな、内面や友情を描くため、後>>続きを読む

ミニー&モスコウィッツ(1971年製作の映画)

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本当にヤバい奴が狂気を宿すことはなく、狂気を宿せるのはヤバくない奴で、だからこそ普通に見える人は怖く、ただ本当にヤバい奴は邪魔なだけだということが分かりやすく描かれている。

サベイランス(2008年製作の映画)

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リンチの娘は意外とどんでん返しや伏線の回収がお好きなようで、どんでん返しというのは殆んど破綻しているのと変わらないわけで、伏線を荒らしながら回収すれば大体どんでん返しは可能である。つまり主人公を犯人に>>続きを読む

第七の封印(1956年製作の映画)

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休み休みチェスをやること。勝負を一時中断できるのは、騎士だからであり、引き際を知っているのも騎士だからである。騎士じゃなかったらただの策士だが、彼は騎士だった。それだけである。

ジュマンジ(1995年製作の映画)

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アニマル・シュルレアリスム映画。親と子の絆というよりも、ピーターパン症候群や時代から取り残された人自身は、そのことを問題としていない。という状態をうまく表している。

ベイビー・ドライバー(2017年製作の映画)

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キメのシーン以外での選曲が、高揚したオタクそのもので、歌詞がそのシーンにぴったりなことを考慮したとしても、オタクのドヤ感満載で、よく考えると意外とハマっていないよね、と冷静に感想を言えるようになるのは>>続きを読む

皆殺しの天使(1962年製作の映画)

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「NEW」や「新」とつくものが本当の意味で新しいことなどないし、それ同様「皆殺し」とつくものが本当に皆殺しであったことなどなんて知る限りない。笑 もっと良いタイトルがあると思うんだけれど『出れねえだよ>>続きを読む

グラン・トリノ(2008年製作の映画)

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ヤバいジジイを見ると笑ってしまうが、ボケたジジイで笑うよりか良いと思う。老人をバカにするのではなく、老人にバカにされているようで笑ってしまう。

マイ・ブルーベリー・ナイツ(2007年製作の映画)

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「ブルーベリーパイがバニラアイスと混じりあう」様子が逆方向から唇を重ね合う男女に見えるという発見をしたウォン・カーウァイは、女性だけを中心に据えると退屈になってしまうという欠点をアメリカで晒してまでも>>続きを読む

ムーンライト(2016年製作の映画)

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『In Moonlight Black Boys Look Blue?』(月夜の下で黒人少年は青く見えるか?)ただ、観ているだけでも美しいこの映画は説明的でなければならなかったのだろうか。全てを理解し>>続きを読む

ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー(2018年製作の映画)

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ゴーストが題材の歌に惹かれるのは何故だろう。と考えても、それは愛とか友情とか、大切なゴーストだからとしか思い浮かばず、そうするとホラー映画と呼ばれるモノがあんまり好きでない理由がわかる、ということしか>>続きを読む

ボヘミアン・ラプソディ(2018年製作の映画)

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栄光と転落は余りにドラッギーで、満ちみちた生だったのか、みち満ちる性なのか考えるまでもなく観客は、フレディとは対極のヘルシーさで泣いたり喚いたりする。

会社物語 MEMORIES OF YOU(1988年製作の映画)

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クレイジーキャッツ全員集合映画を市川準が撮ったおかげで見事にバグっている。だんだんハナ肇が石原裕次郎に見えてきたというか、だんだんなっていったというか、最後は石原裕次郎だった。笑 最初から石原裕次郎だ>>続きを読む

ドラゴン危機一発(1971年製作の映画)

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色彩感覚が惜しすぎる。笑 敵キャラがカラフルで清順ばり(どっちが先とか関係なく)だなあと思いきや、ブルースリーの衣装が家具の色と被っていたりする。笑

ドラゴンへの道(1972年製作の映画)

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ブルースリーが監督しない二作は、どんだけ強いブルースリーも最後は捕まるという、監督の理由なき反抗にうんざりさせられたのか、監督を手がけた一発目は捕まると見せかけて捕まらない。ただ、そのせいでブルースリ>>続きを読む

去年マリエンバートで(1961年製作の映画)

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静止することは嘘を嘘たらしめること。時間は現在以外で停止する。もしくは現在のみが停止している。

イングロリアス・バスターズ(2009年製作の映画)

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主役はもはやラムダ役のクリストフ・ヴァルツで、この構図は『ジャンゴ』と同じ。そしてタランティーノは何度映画のための映画を描くのだろう。『ワンハリ』で頂点に達したけど。映画による歴史修正は驚くほど幸福で>>続きを読む